自傷行為を覚えた統合失調症さん

あれから病状は徐々に悪化していった。


ある日、友人3人と近所のカラオケから出ると、外は雨が降っていた。空腹で何か食べたかったけれど、早朝でどの店も営業していなかった。仕方なく隣の駅にあるファストフード店まで歩くことにした。最初はほんの少し濡れるだけのつもりだったが、雨は次第に豪雨に変わり、大粒の雨が全身をびしょ濡れにした。化粧が流れ落ち、つけまつげも取れ、きっと誰もが見るに堪えない顔になっていただろう。


自分のことを「かわいい」と思ったことは一度もない。むしろ「醜い」と感じることが多かった。だから、こんな顔で外を歩くのは耐えられない、化粧を早く直さなければと、頭の中はその事で支配されていた。雨に打たれる自分をどうにかしようと必死で、雨の中ただひたすらにファストフード店へと急いだ。


ようやくファストフード店に着いた私は、すぐにトイレへ駆け込んだ。ポーチを鏡の前に置き、急いで化粧直しを始めた。つけまつげの糊を取り出していると「あ…や…よね…あはははは…」と笑い声に交じって、友人が何かを話しているのが聞こえた。何に笑っているのだろうと気になりながらも、化粧を続けながらフロアに近い個室に入り、耳を傾けると「あいつのスッピン見た?キモくない?まじで笑いそうになったわ」「化粧濃すぎるんだよ」という声が鮮明に耳に入ってきた。

思考が止まり、化粧をしていた手も止まった。つけまつげの糊を太ももに落とし、どうしようかと頭の中がぐるぐる回った。「帰りたい、あの人たちの顔を見ずに帰りたい。お店の裏口から出させてくれないかな?さっと出たらバレないかな?もしバレたら、私はどんな顔であの人たちに会えばいいんだろう?」と考えが一気に膨らみ、冷や汗が止まらず息も上がってきた。化粧ポーチを抱える手が震え、そのポーチからちらっと見えたカミソリを見て、これが導きだと私は理解した。


そうだ、これで消えればいいんだ。


ポーチに入っていたカミソリを手に取り、ゆっくりと左手首に当ててみた。白い線がついたものの、血は出なかった。これではダメだと思い、もっと強く切らなければと考えた。次にカミソリを少し強めに当てて引いてみると、じわっと血が出てきた。

もう一度、少し上の方をもっと強く切ってみた。すると、さっき切った場所からタラっと血が流れてきた。血がポタポタと垂れる程度では、すぐには消える事はできない。もっと深く切らなければ、もっと多くの血を出さなければ、もっと、もっともっともっと…。


ドンドンドン!と大きな音で個室の扉が叩かれ、「おい!何やってんだよ!待ってる人がいるから出て来いよ!」と友人の声が響いた。ようやく我に返ると、腕は血だらけで、手首から肘まで無数の傷があった。焦りながら、ボロボロになったカミソリを急いでポーチにしまい、個室から出た。


友人が私の腕を掴み、「これ、どうしたんだよ?」と驚いた声で言った。しまったと思った。焦ったせいで、腕まくりをしたまま出てしまった。必死に「何でもない」と言いながら腕を振り払って袖で切ってしまった腕を隠し、速足で店を後にした。


帰り道「もうやだ」この四文字だけが、頭の中をぐるぐると回り続けていた。

それが私が初めてリストカットをしてしまった日のことだった。

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私の病気さん達 ELLIE @ELLIE-

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