悪魔のメール
@akihiro5
第1話
悪魔のメール
学校から帰ると、パソコンを開くことが、ぼくの日課だ。好きな音楽をかけながら、宿題をする。その後は、お決まりのゲーム三昧だ。
あれっ、メールが届いているぞ。
「だれからだろう?」
「まあ、いいか。開けてみようっと」
ぼくは、マウスをクリックした。
―けいた、お誕生日おめでとう。このメールには、『こらしめたい相手』の希望がかなうアイコンを四つのせてあります。つまり、四つの復讐をかなえることができます。
「なんだよ。なにかの広告か。その手にはのりませんよ」
ぼくは、つぶやきながらメールを削除しようとした。ところが、最後に書かれた差出人を見て手が止まった。
「あれっ、みっちゃんからだ」
ぼくの心が、ドキドキと高鳴ってくる。
「みっちゃんが、ぼくに誕生日の祝いをくれたのか」
ぼくは、すっかりうれしくなった。
みっちゃんというのは、クラスのアイドルで、ぼくの天使でもある。
あこがれのみっちゃんが復讐する機会をあたえてくれたのか。おかしなプレゼントだと思ったが、復讐することを考え始めた。
「だれにしようかな?」
そのとき、スマホが鳴った。いじめっこの仲田信二からだった。三年生くらいまでは、なかよく遊ぶ中だった。ところが、信二が中学生と付き合うようになって変わった。変わったのは、信二の方である。ぼくに、お金を要求するようになったのだ。はじめは、借りた金は必ず返すと言っていたが、五年生になったころから『カツアゲ』するようになった。六年生になり同じクラスになると、ぼくを子分のようにあつかうようになったのだ。
「おれだ」
「な、何?」
「けいた、今夜八時に、いつもの公園へ千円持ってこい」
信二は、一方的に言って通信を切る。
「あいつ、えらそうにしやがって・・・。気に入らないなあ」
ぼくは、そうつぶやきながらアイコン1を押した。
―誰に復讐をされますか。下記に、名前を記入願います。
アイコンの指示を見て、ぼくは、次のように打ち込んだ。
―仲田信二にお灸をすえてほしい。二度と、ぼくからお金をとらないようにしてください。お願いします。
すると、アイコンが広がり画面が表れた。
「何だ、何だ。信二じゃないか」
画面に信二が映っていた。
信二のまわりには、ガラの悪そうな中学生がいる。
「信二、お前、最近、生意気だよな」
中学生の一人が言い、二人の中学生が信二の後ろから肩をつかんだ。
信二は、ふりほどこうともがいたが、すぐになぐられてしまった。
信二の口から血が飛び散る。
「ひゃ、ひゃ、ひゃ。信二がやられた。おもしろい。今夜は、お金をとられなくてすむぞ。自業自得だ、思い知れ。ハハハハハ」
ぼくは、スカッとした。心から中から喜びがわきあがる。
「これは、すてきな贈り物だ。みっちゃん、最高!」
夕飯を終えてから、ぼくは、引き寄せられるようにパソコンの前にすわった。
「よし、二つ目の復讐の相手が決まった。覚悟しろ」
ぼくは、アイコン2を押した。
―誰に復讐をされますか。下記に名前を記入願います。
「いつも、ぼくを親のかたきのようにいじめる先生だ。あいつもくたばれ」
坂田先生は、六年生になってからの担任だった。仲田信二などの問題児や勉強のできるものには丁寧に対応するのに、ぼくのような目立たない生徒には乱暴な態度をとる。いつだったか、仲田信二がみっちゃんの自由帳に、『好きです』と書いておきながら、その犯人をぼくにした。
あの時、坂田先生は、
「いくらみっちゃんが好きだからといって、そんなことをすれば嫌われることがわからないのかな。なあ、みんな」
と、学級会の時にみんなの前で大笑いをした。教師だったら、まず、ぼくに確かめるのが先じゃないか。
おかげで、みんなから、『しくじり先生』と揶揄されるようになったのだ。
―坂田先生にお灸をすえて欲しい、二度と教壇に立つことができないようにしてください。
少し待つと、前回と同じように画面が表れた。
「校長室だ」
坂田先生が映っていた。となりにいるのは、校長先生とこわそうな顔をした教育委員会の人だった。
「坂田先生、保護者から苦情がきました。まわりの先生にも確認しましたが、あなた、女子児童にキスをしましたね」
校長先生の声はふるえていた。
「それは・・・。」
坂田先生はうなだれる。
「どうなのですか。教育委員会の人も来られています。正直に言いなさい」
校長先生は怒り心頭という感じだ。
「すみません。魔が差しました」
坂田先生は、小さな声で答えた。
「坂田先生、明日から謹慎願います。追って、処分を伝えます」
教育委員会の人がおもむろに言った。
「ひゃ、ひゃ、ひゃ。先生がやられた。自業自得だ、宿題を多く出し過ぎなのだよ。それに、ぼくばっかり怒ってさ。いい気味だ。ハハハハハ」
ぼくは、優越感に浸っていた。
「次は、誰に復讐しようかなあ」
ぼくの心の中に、どす黒いうずがいくつもまわっていた。
「そうだ、あいつだ。あいつにしよう」
ぼくは、アイコン3を押した。
―誰に復讐をされますか。下記に名前を記入願います。
―伊藤さやかにお仕置きをしてほしい。自分の美形を自慢してみっちゃんにプレッシャーをかけられないようにしてください。
少し待つと、前回と同じように画面が表れた。
「さやかが料理をしている」
さやかは、ドーナツをあげていた。ところが、手元がすべって油の中へスプーンを落とした。油がはねて、さやかの顔にかかる。
「熱い!」
さやかは、顔を押さえて泣いた。
「ひゃ、ひゃ、ひゃ。さやかに罰が当たった。ゆかい、ゆかい。クラスの女王は、みっちゃんなんだ。さやかはでしゃばるんじゃない。ハハハハハ」
ぼくは、自分が神になったような気がした。全知全能の神だ。
お母さんが運んできてくれたホットミルクティーを飲む。ミルクティーの湯気が、ぼくを想像の世界へ誘う。
「もしかしたら、悪魔かも・・・」
悪魔は、堕天使だときいたことがあるぞ。つまり、神と悪魔は同じだ。
ぼくは、ネットを開いた。
「神と悪魔がいて、戦争のようなことをやっている。人間の心という舞台を戦場に戦っている。その影響が我々の社会に現れて深刻な問題を引き起こすだろう」
こんな文章が目に入った。
「ぼくの心の中で、神と悪魔が戦っているのかな。今は、悪魔が優勢だ」
「さて、四人目はだれにするか?」
考えた。いろんな顔が表れては消える。
そうだ。あいつにしよう。近所に住む大学生の男だ。この前、自転車でぶつかっておいて、
「ちょこまかするな。このガキ!」
と、えらそうに怒鳴った。あんな奴は、社会の害だ。抹殺してもだれも悲しまないばかりか、喜んでもらえるな。
「おおー、そう思うのは、心の中で神が優勢になったのかな」
ぼくは、ほほ笑みながらアイコン4を押す。
すると、今度は、いままでとは違う画面が表れた。
―四つ目の希望は、わたしの指示にしたがうこと。次の二つから一つを選べ。
A このメールを、すぐに気に入らない奴に送れ。明日の朝七時までに送ったことが確認できなければ、君のしたことを警察へ届ける。君は犯罪者だ。
「ええっ、気に入らない奴に送るのか。それじゃあ、みっちゃんは、ぼくを嫌っていたということか」
ぼくは、身体全体が床の中に引き込まれていく気分だった。そして、あこがれのみっちゃんの笑顔が遠くへ飛んで行ってしまった。
B 四人目の相手にお仕置きをする。だが、君にも不幸が訪れるかもしれない。
ぼくに不幸が訪れる・・・。それは嫌だ。
「Aにしよう」
ぼくは、Aに決めたが悩んでしまった。
―明日の朝七時まで・・・。誰に送ったらいいんだ。気に入らない奴に送って、そいつがぼくを復讐の相手に選んだとしたら・・・。
ぼくは、頭をかかえた。
―信二や先生に送ったら、きっと仕返しをされるだろう。みっちゃんに送り返せば、二度と口を聞いてくれないどころか、ぼくに復讐を考えるだろう。誰に送るのがいいのか。
ぼくは、いろいろな奴の顔を思い浮かべては消した。
―このメールを送る相手は、一人でなくてもいいわけだ。ということは、このメールをもらった奴が、多くの人にメールを送れば多くの人が不幸になる。もしかしたら、ぼくも不幸になる可能性がある・・・。
ぼくの身体がふるえだした。
「こわい。ものすごくこわい。お母さんに話したいけど、話せばお母さんまで苦しめることになるだろう」
ぼくは、独り言をつぶやく。
心の中の神と悪魔の戦いは、神が勝ったんだろう。だから、こんなことを考えるんだ。
それから、ずっとずっと真剣に悩んた。
窓ガラスを朝日が染める。もうすぐ夜が明けてしまう。
―どうする。だれに送ればいい?
時計とにらめっこをしながら考える。
「そうだ。校長先生に送ろう。校長先生なら、このメールをなんとかしてくれるのじゃないか。少なくとも、別の人に送ったりはしないはずだ。そうなれば、このメールが広がることもなくなる」
ぼくは、校長先生のメールアドレスを知らないので、学校代表のメールアドレスに送った。
―校長先生さま。添付したようなメールが届きました。だれかに送らないと不幸になるとかいてあります。とてもこわいので、校長先生に送らせていただきます。どうか、このメールを処分してください。
それから、少し寝て学校へ行った。
暖かな日差しが心地よい朝だった。ぼくは、スキップをしながら登校する。心が軽くなった証拠だ。
校門のところで、
「けいた、大変なメールをもらったのだな」
生活指導担当の丸井先生から声をかけられた。
「なんで、丸井先生がメールのことを知っているのだろう」
いぶかしく感じながら下足室へ行く。上靴に履き替えて教室へ向かう。
「おはよう、けいた。おそろしいメールをもらったんだな」
となりのクラスの川島先生が、それだけ言って自分のクラスへ入って行った。
―どうして、川島先生もメールのことを知っているのだろう。
首をかしげながら、教室の前まで行くと、保健の間宮先生が待っていた。とても、かわいい新任の先生だ。
「あっ、けいたさん。待っていたのよ」
間宮先生は、そう言って近づいてきた。ぼくは、顔が赤くなるのを感じた。
「どうしたのですか?」
ぼくは、間宮先生の顔を直視できない。
「けいたさん、大変なメールをもらったのね。でも、学校へ送るなんてりっぱよ」
「どうして、間宮先生まで知っているのですか?」
ぼくは、強い口調で聞いた。間宮先生は、一瞬驚いたようだがいつもの笑顔で教えてくれた。
「けいたさん、学校代表にメールを送ったでしょう。学校代表のメールは、すべての教員に転送されるようになっているの。みんなの先生が見ていると思うわ。そうだ、校長先生が、『けいたさんが登校したら校長室へ来るように』とおっしゃっていましたよ」
間宮先生は、「早く、校長室へ行ってね」と付け加えて去って行った。
先生全員へメールが送られた。あのメールが広がってしまう・・・。どうしたらいいんだ。
ぼくは、金縛りにあったように、その場を動けなかった。
校長室は、廊下の突き当たりにある。
心の中で校長先生がささやく。
「きみは、悪魔だ」
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