第9話 どこまで飛ぼうか冬雲雀④

「赤子の姿だったわけじゃなくて、はじめからこんな姿でした。」


 リーリエは「何故でしょうね。」と、たいして気にしていない様子だ。そんな彼女を見ていたアルフレドは、人間じゃないのだからそんなこともあるだろう、というかいちいち気にしていたらきりが無いと思い話題を変えた。


「今後は誰かに何か聞かれたら、最近地方から出てきた俺の遠縁で通せ。」

「わかりました。」

「いいか、今んとこ俺の他にはクインスとオルタンス、ローウッド先生しかお前の正体を知らねぇからな。」

「心に留めておきます。」

「忘れんなよ。」

「そういえば…私の編入も、アルフレドさんがローウッドさんに頼んでくれたんですよね。」


 これはオルタンスがリーリエに教えてくれたことだった。教会を調べるにあたり、特にリーリエが生徒に扮する必要はなかったのだが、アルフレドがローウッドに「側にいた方が守りやすい」と訴えたので、このような措置がとられることになったという。


「一度通ってみたかったんです。夢が叶っちゃいました。」

「その方が動きやすいだけ。課題のためだからな。」

「もちろん分かっています。それでも、これからの日々を思うと不安よりも楽しみの方が大きいんです。だから、ありがとうございます。」

「お気楽なこったな。」


 アルフレドはじろりとリーリエを睨んだ。


「もう二度とこんな機会はないですから。例え今回の件を解決しても、教会に戻ることになるでしょうし…そもそも、現れた時のように突然消えるかもしれないですし。」


 リーリエはなんてこと無いようにそう言うと、まだ見ぬ学園生活に思いを馳せた。ここで人として過ごす一年があれば、この身が露と消える時まで、その思い出を拠り所にして生きていけると思ったのだ。神官が自分を排除しようとした、そこにどんな理由があったとしても。


 アルフレドはそれに「ふーん」と、適当に相づちを打つと、ごそごそと鞄の中を探った。


「これ、お前の身分証。」


 「持っとけ。」と言って、アルフレドはリーリエに向かって金色の輪を投げ渡した。


「指輪ですか?」

「ここの学生証。」


 神官やシスターには特に身分証などはないため、リーリエは物珍しそうに指輪を見る。彼女はどの指に付けても大きそうなそれを、試しに左手の親指に通してみた。すると、指輪がするすると縮んでいった。


「えっ?」


 リーリエが驚いて声をあげた。指輪ははじめからそこにあったかのように、彼女の指にぴったりはまっていた。


「魔法ってすごい…。」

「非魔法族の感想かよ。お前も使えんだろ。」


 アルフレドは呆れ顔で言った。リーリエは聖樹なのだから、当然神力を使えると思っていた。あわよくば、現代においては聖樹以外はもち得ないとされるその力を自身の目で見たいと思っていたのだ。ところが、リーリエの返事は彼が予想していない言葉だった。


「使えるんでしょうか?教わってませんよ。」


 リーリエはあっけらかんとそう言い放った。


「は…はぁ!?」

「私も魔法使い、なれますかね。」


 リーリエはアルフレドに期待の眼差しを向けた。この一週間、学園で魔法に関するものを見聞きしているうちに、彼女はすっかり魔法使いに憧れていた。一方のアルフレドは膝から崩れ落ちたい気持ちにかられていたのだが。


「おまっ…ここは魔法士官学校だぞ!そういう事は早く言え!」

「まずいですか?」

「つーか、魔力の塊みたいなやつが何で魔法使えないんだよ…。図書館でオベンキョーする前にそっちだろうが。」

「すいません…教会では魔法に関わる事は禁止されていたので…。」


 今となっては真意は不明だが、リーリエの正体を隠すためと言って、神官長は彼女が聖樹の力を使うことを禁じていた。一度、リーリエが光魔法を使える神官に師事を求めたことがあったが、実際に魔法の使い方を教えてもらう前に、神官長に事が露見したために叶わなかった。


 「学校、通えなくなりますか…?」と項垂れるリーリエを見て、アルフレドは言葉に詰まった。彼はここ一週間学園におらず、リーリエには彼に相談するタイミングなどなかったのだから。


「仕方ねぇから後で教えてやる。進級までにはどうにかなるだろ。」

「いいんですか?アルフレドさん、忙しいんじゃ…。」

「それくらい余裕。それに、お前が神力をものにできた時のメリットが大きい。」

「ありがとうございます!アルフレドさんは本当に優しいです。」


 利益のためだと明言したアルフレドに、リーリエはへらりとした笑顔を向けた。学園内にアルフレドを優しいと言う人はまずいない。アルフレドはここにクインスがいたら抱腹ものだなとか、この木の優しさの基準低すぎだろ、なんて思った。


「馬車馬のごとくこき使ってやるから覚悟しとけ。」

「頑張りますね!」


 リーリエはそう言って、またへらりと笑った。



 リーリエはアルフレドと一緒に図書館に戻り、彼女を迎えに来たクインスに指輪を披露した後、部屋に戻った。今は自身の指にはまった金色を眺めている。


−私も神力が使えるようになるかな。そしたら…そしたらもっと…。


 リーリエは瞳を閉じて、教会での日々を思い返す。巡礼者が聖樹の加護を受けるのを、ただ眺めるだけの日々。


−まずはアルフレドさんの役に立てるようにならなきゃ。


 リーリエはふと、あることに気が付いた。アルフレドと話した際に、彼は一度も自分の名前を呼んでいなかったのだ。


−まだ信用されてない?ちょっと悲しいかも。…大丈夫、方向性は定まってる。私の望みを叶えることが、彼の試験に直結する。私はやるべきことをするだけ。…それで、彼の協力に報いることができたら…その時は、


「名前、呼んでくれるかな。」

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聖樹(仮)ですが大魔法使い(予定)と一緒に卒業試験受けることになった あさぎ那知 @nachi_asagi

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