第9話 どこまで飛ぼうか冬雲雀③

 アルフレドはチョコレートの包を指先でもてあそんでいる。リーリエの問に、どう答えようか考えているようだった。


「…魔法使いからしても、精霊なんてあり得ないんだよ。」

「魔法はあるのに…?」

「非魔法使いは勘違いしてる奴も多い。けどな、魔法だって万能じゃない。植物やもの、自然現象に意思は宿らない。聖樹だって、加護を与える相手を選り好みしないだろ?」

「確かに…。」

「でも、先生が『嘘は言っていない』って言ってたからな…。少なくとも、お前は嘘はついてないんだろ。」

「とても信頼しているんですね。」


 リーリエはその信頼関係を羨んだようだったが、アルフレドは「そういうことじゃねぇ。」と顔の前で手を降った。


「あの人の眼は特殊なんだ。相手の嘘が分かる。」

「えっ!すごいですね!」

「だから次に考えたのは、神官がグルになって、お前を聖樹だって洗脳した線。」

「なるほど…。でも一体何のために…。」

「でも、その線も消えた。」


 アルフレドの話に、リーリエがなるほどそういう可能性もあるのかと感心したのもつかの間、彼自身によってその案はすぐさま否定された。


「え?どうして分かるんですか?」

「聖樹を見てきたが、流れてる魔力がお前と同じだ。」

「学園にいなかったのって…まさか教会本部に行っていたんですか!?」


 グリットリア学園は首都に位置しているが、教会本部はずっと北にある。おそらく早馬を使っても片道3日はかかるだろう。アルフレドが討伐実習後にそこまで行って来たというのだから、リーリエは驚いた。


「ああ。つーかその様子だと、本体の周りのこと知覚できないんだな。」

「木ですから。でも、まさか行かれたなんて…。」

「俺は自分の目で見たものしか信じない。お前があの木なんだろ。」


 アルフレドはそう言って、襟元に付けていたブローチを外した。


「これは?」

「魔力を隠せる道具。これで非魔法使いを装って結界内に入ったんだ。」


 リーリエはアルフレドの了承を得てブローチを手に取った。中央にはめ込まれた石を光にかざすと、黄丹色の中に朱や紅など、様々な色がちらちらと輝いている。


「きれい…。でも、魔力を隠す必要があったんですか?」


 アルフレドの慎重な行動を意外に思い、リーリエが尋ねた。


「一応な。でも魔法使いはゲートで弾かれてたから、正解だった。」

「えっ?そんなの聞いたことがありませんよ…。」

「なら、お前がいなくなってから、とか?」


 リーリエは教会側の意図が分からず眉をひそめた。


「それと、聖樹の化身が出奔してるのに特に騒ぎになってる様子がなかった。」

「神官長が誤魔化してるんでしょうか…。」

「さあな。そもそも神官長だって黒幕なのかどうか…。」


 神官長でさえ実行犯にすぎないという可能性を指摘され、リーリエは頭を抱えたくなった。部屋に戻ったら、自分を殺害しようとする計画に、誰がどこまで関わっているのかを改めて考えようと決めた。


「で?話って?」


 口を噤んでしまったリーリエを横目に、アルフレドがラングドシャを頬張りながら尋ねた。サクサクと軽い音が響く。


「前に、アルフレドさんが『でっちあげ』って言ったのを聞いて、すごく納得したんです。確かに巡礼者や信徒を増やしたり、寄付を募ったりする目的なら、聖樹の精霊はもってこいの存在だって。」


 アルフレドはリーリエをじっと見た。普通は自分が悪事に加担していると疑われたら、憤りや嫌悪を感じるのではないだろうか。教会で暮らしていたのなら尚更潔白であることにこだわりそうなものだが。アルフレドは続きを話すように目配せした。


「でも、私はずっと、いちシスターとして過ごすよう言われ、一部の神官以外には正体を隠してきました。」


 教会にいた時は、「リーリエ自身の安全確保のため」という神官の言葉を鵜呑みにしていたが、ここ数日間で、彼女は教会が何らかの理由で自分の存在を大っぴらにしたくない、もしくはできないのではないかと考えるようになっていた。


 数十年前、教会本部が天災に見舞われたことを発端に、その聖性が疑問視されて信徒が離れ、権威が大きく揺らいだ時期があった。現在、信徒の数はほぼ最盛期に近付いてきてはいるが、それでもしばらく横ばいの状態が続いている。もしも、教会が聖樹の化身たるリーリエの存在を世間に公表したら、聖樹の化身御自ら民の話を聞き加護を与えたら。きっと国民はこぞって入信し、教会はこれまで以上に大きな力をもつことになるだろう。


「俺も考えてた。お前の存在を隠してる時点で怪しい。これ以上の広告塔はないってのに。」

「やっぱりそうですよね。」

「そもそも、お前いつ顕現したんだ?」


 アルフレドがリーリエに尋ねた。彼がリーリエから聞いていたのは、ここひと月程で聖樹に起こった出来事だけで、そもそもリーリエが現れて何年になるのかは知らなかった。


「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「やっぱ千歳?」

「ご期待に添えず申し訳ないんですが、顕現して四年です。」

「は、」


 アルフレドは美しい瞳を見開いて、それから思い切り顔をしかめた。


「はぁ!?ばーさんかと思ったら…ガキじゃねーか。成長速度どうなってんだよ。」


 アルフレドは目の前のリーリエをまじまじと見た。彼女の姿は学園にいても違和感が無く、自分達と同じような年頃にしか見えなかった。

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