人間ミュージアム

「テイラー君」

「はい?」


それは、2025年の初夏のころだった。


「昨日の夜“革新的で、予言的で、進化論的な素晴らしい実験”を思いついたんだ」

「はぁ……」

「まさに私たちが求めている、“最高の実験的……”」


「ミュージアムだ」




一体私は、何を求めているのだろう……




「……何ですか、その“人間ミュージアム”って」

「内容はいたって簡単。人間の進化の様子を、実際に人間を展示することでよりリアルに再現するんだ」

「それって……あれですよね。“人間動物園”的な奴。いくらなんでも差別的じゃないですか?」

「いやいや。そんなことはない。これは人間が……。この先は実際にやってから君自身に気づいてもらおう」

「はぁ……」

テイラーは、散らかった研究室で大きくため息をついた。

私たちには、もうお金がない。そもそも、私たちの求めるような“心理学”の実験はその多くがやりつくされている。

「それが成功する保証はあるんですか?」

「ある。絶対。今回は上手く行く」

前回もそう言ってこのありさまだ。果たして私たちに来年はあるのだろうか。




夏も本格的になってきた8月上旬。借金の末、教授の言う“実験場”は完成した。

殆どが格安のプレハブ素材でできていて、大きな部屋が四つある。


一つ目の部屋は“原始人の間”。今から数十万年前の人間の様が“展示”される。中には巨大な岩とそれを囲む芝生があり、巨大な岩には洞窟があって、その中に所謂“家”的なものがある。ただの焚火と丸太でできた椅子だけだ。

とにかく、とても“原始的”だ。


二つ目の部屋は“現代人の間”。真っ白い壁に囲まれ、お馴染みのソファーとテレビ、パソコン、スマホ、風呂に食卓。テレビの横にはゲーム機だって付いてある。まさに、“現代”。


三つ目の部屋は“未来の間”。しかしこれはあくまで教授が考えた“未来の空間”。“現代の間”同様真っ白い壁に覆われ、中にはとにかく何でも音声認証で機能するスーパーコンピューター(私が声を聞いて言われた通り動くというだけである)が搭載され、家事も仕事も必要ない。

まさに、教授の考えた“理想の世界”。


そして最後四つ目の部屋は……何もない。

教授にどういう意味か聞いたが、「いずれ全部話すから」と一括されてしまった。




「さて、お集りの皆さん」

演台に立つ教授はいつもより上機嫌だ。何か話したくてうずうずしている。

「今回、我が大学が誇る有名研究所“ブラウン人間生態学研究所”は、新たな実験をこの地で始めます!」

大学近くの公園を借りているだけだ。さっきから沿道でランニングする人からじろじろ見られる。

「実験の目的は“人間観察”。皆さんにはぜひこの“人間ミュージアム”に入っていただき、他のミュージアムでは味わえないような何か新しいものを感じてください!」

入館費は一律25ドル。これでブースが四つなのだからぼったくりもいいところだ。

「ではではどうぞ」


教授が手招きをすると、興味本位で眺めていた数名がしぶしぶミュージアムに入って行った。


“今日の狩り:13:00~彼らが捕まえるまで。原始人の間にて”


入館早々貼られている“スケジュール表”。原始人が教授の放った鶏を石器で狩るという内容だ。

……全く。原始人を何だと思っているんだ。展示ブースの中には実際に“人間”がいるんだぞ。


進化論だとかなんだとかいろいろ書かれた看板はだれも見向きもせず、入館者たちは展示ブースにたどり着いた。


「はっ……」


驚くのも無理はない。本当に、ガラス越しに中に人にいるんだから。

アルバイトで募集した“原始人”という“仕事”。時給は無に等しいが、衣食住の保証そしてなにより“原始人そのものになれる”というメリットは何人もの志願者を呼んだ。


「本物の……人……」


採用したのは合計五人。髪はぼさぼさ、服は布切れ、言語は使用禁止。みんな「ハッピー」と言っているが、果たしてこの生活を一か月も続けられるだろうか。


「……」


彼らは私が公園で拾ってきた石を“石器”として研いでいる。あとはそこら辺のツタっぽいものと木の枝から石器を作っていくのだろう。一体何日かかることやら。


ドン引きしつつも、観客は次のブースへと歩いて行った。


「おぉーーっ」


感嘆の声が観客たちの間で起こった。

そこには、ソファーに寝っ転がってネット配信サービスで映画を見るどこにでもいるような“現代人”がいる。

採用したのは三人。二人は映画を、もう一人はパソコンで仕事をしている。

「ふむふむ」

じっと立ってその様子を眺める観客たち。腕を組んで、“現代人”をガラス越しに眺める。

何だか自分も、まるで自分を見ているような気持になってくる。不思議な感覚だ。

後ろを見ると、教授がその様子をニヤニヤしながら見ていた。


しばらくして、観客たちは次のベースへと移った。

「テイラー君?」

「あっはい」

私は急いで舞台裏に行き、部屋のドアの前で中にいる“未来人”からの注文を待った。


「えぇっと……テイラー……だっけ?テレビをつけてくれ」

「はぁ~い」

私は小学生のような返事をした後、ドアを開けてブースの中に入った。中にはソファーに座り、テーブルに缶ビールを置いてくつろぐ男がいる。ガラスがある方の壁はミラーガラスになっていて観客の様子はわからない。見えないとはいえ、見られているのは事実なので、どこか緊張気味だ。

「おう。ありがとさん」

テレビをつけると、私はそそくさとブースから出て行った。




「もうちょっと、こうさ、うまくできないのかね」

昼下がりの午後。私と教授は行きつけの店で“チキンエッグバーガー”を食べていた。

「しょうがないじゃないですか。コンピューターの演技なんてできませんよ」

「そうじゃないよ。もっと、さ、ほら。“従順な感じ”」

「えぇ~」

私にはどうもこの職は向いていないようだ。

「そういえば教授。四つ目のブースって何のためにあるんです?」

「あれはだな……」


「“超未来”ブースだ」


超未来……?人類が滅んで“無”の空間になったということか?

「“未来”というものはだね、想像によってイメージされる概念だ。想像の範囲には限界がある。つまり、“未来の未来”は我々には想像できない。だから、“未来”を生きる人間、そしてそれらを客観的に見る人間によって想像してもらうのさ」

「な、なるほど……?」

「ブースの人間と観客にはアンケートに答えてもらう。“私たちには何が必要でしょう”という質問にね」

教授はため込んでいた色々を吐き出したかのように清々しい顔になり、冷えた水をグイっと飲んだ。

「結果は、まずまずだった。これから一週間今のまま続けて、蓄積した“想像”から“第四ブース”を創っていこう」

私は、カウンター席で無表情のままバーガーを食べるだけだった。




……それから一週間というもの。ただひたすらに“未来人”の世話をし続けて、彼ともだんだん親しくなった。

“犬”の気分かと聞かれると、そうかもしれない。が、私にはそんなことはどうでもよかった。なんせ入館料のおかげでお金が手に入るんだから。それもいつもの三倍も。


そしてこの日、“第四ブース”は製作が始まった。


「ふーん。結局は、みんな楽と娯楽を求めるんだな」

アンケート結果を集計する教授。一週間で200個もある。

「“行きたい場所に自由にワープできる”……“建物がホログラムで作れる”……“幸せを感じたいときに感じることができる”……」

教授はニヤニヤして、アンケート用紙をぺらぺらとめくっていった。きっと頭の中で“超未来”とやらを想像しているんだろう。

「“何もかもが思った通りに動く”。“ありとあらゆる個人の自由、権利がある”……」

なんだか楽しそうだが、私は全くそんなことは感じなかった。




三日後、“15坪の超未来”は完成した。“実現不可能なこと”以外は極力やったつもりである。

「いやぁー長かった。これが最初の“第四ベース”だ」

「最初の?」

「また一週間やって、新しい“超未来”を創る。そうやってどんどん未来を模索していくんだ」

「へー……」


“第四ブース”には、様々なものが追加された。人間の脳波を探知して感情を可視化する装置、まはや声に出さずとも、指パッチンだけで制御できるコンピューター(何で私が彼女の感情を“読まなくちゃ”ならないんだ)。

後は大体“未来”から持ってきた機能の数々だ。


パチン

これは多分……“テレビを消せ”かな?


パチン

これは……“飯をくれ”かな?


全く意図がわからない時もあり、そういうときは大学の他の研究所から借りてきた“脳波測定式感情メーター”の結果を見て考える必要がある。

……全く。不可能なことは不可能なのに……

なんでそんなことをしようとするんだ……


何度も「違うでしょ?わからない?」なんてことを言われ、ぶん殴りたくなることもあった。しかし、耐えた。

“私にとって一番必要なもののために”

“第四ブース”で生活するには、他と違ってお金を払う必要があった。それもそこそこな額を。こんな別に居心地のいいとも言えないようなことにお金を使うんだ。きっと富豪に違いない。


……毎日家に帰ると、前とは違って“ちょっと高いお酒”が飲める。日給も大台を突破した。新しいスマホも買って、“必要なもの”を“充実”させていく。


……“超未来”は最悪な場所だ……でも、“ここ”が良くなっているのはわかる。実感できる……


これが“犬の気分”ってやつか……




ミュージアムも私生活も、二週間目までは上手く行っていた。


しかし、問題は起きた。それも予期せぬパターンで。


「なあテイラー」

「はい、ご主人様」

「俺は今“未来”ってやつにいるんだろ?んで、隣の部屋に“超未来”がある」

「はい……」

「なんで俺は“超未来”に行けねえんだよ。未来を体験したくて応募したってのに、俺より上がいるなんて耐えられねえぜ」


“未来”唯一の住民“ただのおっさん”は、“超未来”への移住を希望していた。




「別にいいと思うけど。“彼女”もアンケートに“孤独感を感じる。もっと人間っぽいものを加えてちょうだい”って書いてたしな」

教授も別にそこら辺は気にしていないようだった。それよりも、“もっと人間っぽいもの”なんてどう考えても自分を差別しているとしか思えない言動に腹が立った。


そんなこんなで“彼”を“彼女”の部屋に移住させ、“彼”からの徴収金で新しく“未来”の人間を雇った。




それから二日のこと。

「あのさあ!何考えてんの?バカなの?」

「あんだと?これの何がいけないってんだよ。あん?」

なんとなく自分の中でも予想はついていたが、“ケンカ”が起きた。

「なあテイラー、お前は俺側についてくれるよな?」

あいにく、教授はこの時買い出しに行っていた。いるのはベースに並ぶ“展示品”だけ。

「いや別に……私はどちらかだけの“物”じゃないですよ……」

早くこの場から出たかった。あのミラーガラスの向こう側には、この様子を淡々と眺める観客がいるんだ。

私には関係ない、そうだ。

「何言ってるの?“こいつ”は私の“物”なの。一番お金を払ってるのはこの私なんだから」

「あん?俺はテイラーとお前より多く接してるし、こいつを奴隷扱いはしてないぞ」

「あんたバカ?“必要”なのは金よ。金」

「いいや。時間だね」

「金よ!」

「時間だ!」

「金!!!」

「時間!!!」


……なんなんだ。これ。


“生きづらい”


「もういい。たくさんだ!俺はこんなクソみたいな“超未来”とやらに興味はないね!」

“彼”はそう叫ぶと、ドアのぶを回してぶち開けて、一人“原始人の間”へと向かって行った。

「えぇ……」

「これでわかったでしょ。“あんた”は“彼”に捨てられたの。私がお金をあげる限り、この世界から“超未来”が失われない限り、“あんた”は私の“物”よ」


……あぁ……なんだろう……


教授にこのことを話そうとか、“彼”がどうなるのかとか、いろいろなことが頭をよぎる中、一つ今すぐしたいことがあった。


“ここから出たい”


私は空きっぱなしのドアから外に飛び出し、“彼女”の怒声を無視してドアを閉めた。


……あぁ……これでいいんだ……“ひとまずは”……


私はそのままドアの鍵を閉め、公園の芝生に座って教授を待った。


……待った。


……なかなか帰ってこない。


熱中症になる気がしたので、“人間ミュージアム”に入ることにした。


久しぶりに見た“観客の視点”。


“彼”は、他の“原始人”と同じように教授がちょっと前に放った鶏を捕まえようとしている。

なかなか捕まえられない。残念ながら“未来”と違ってエアコンはないから、走るたびにべたべたした汗をかく。ソファーでごろごろしていたせいで、全くと言っていいほど走れない。

突然入ってこられたからか、他の“原始人”たちはその様子を一歩引いたような態度で見る。腕を組んで、“まあ頑張れよ”と言わんばかりに鶏を追いかける“彼”を眺める。


彼はずっと、むきになって追いかける。


でも、捕まえられない。


私は退屈して、“超未来”のベースに向かって歩き始めた。


“現代の間”“未来の間”の人間たちは、私と同じような“無気力”さに心身をゆだねている感じがして、退屈そうにボーっとテレビを見ているだけだった。




最期のブース。


“彼女”は独りだった。当り前だ。

右手に“自分で冷蔵庫から出した”ビール缶を持っている。

こうこうと部屋を照らすLED、何の反応も示さない“脳波測定式感情メーター”。

泣いてもいないし、笑ってもいない。


その空間は、灰色に染まっていた。


私の“必要なもの”は、既に満たされていた。



「ハハハ。これが“理想の未来”ですか」






~終わり~

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