人間ミュージアム

HAL

人間ミュージアム

標準時間帯“17466-3-28”。それは宇宙に浮かぶ“ボール”でのこと。



“今日は、昔が欲しい”



「……」


その少年は目覚めた。この不自然な宇宙で。

ここは、彼の世界だ。


「……」


窓の外に広がるのは一面の宇宙。偽物バーチャルじゃない。お取り寄せの、本物の宇宙だ。

彼は斑点模様のパジャマのままテーブルに着き、表情一つ変えないまま“食べ物”が出現するのを待った。


「……」


“食べ物”が出現すると、彼はまた表情一つ変えないままパクリと一口で食べた。


“ああ。なんて原始的で、古典的なんだろう。これが僕の求めたユートピアの姿か”


彼の“脳機”はきっとそう出力しただろう。

この“食べ物”は“朝ごはん”というものでできていて、これはかつて人間が食べていたとされる食料だ。さらに、この“食べ物”には“母の味”と言う成分も入っている。家族集団がないこの時代、これが摂取できるのは重要だ。


「……」


“家”には“ソファー”があって、“テレビ”があって、まさに模範的な古代の邸宅だ。二次元の“写真”が“テーブル”の上に、“花瓶”に刺さった花と一緒に置いてある。

完璧。まさにこれこそ求めていた時代だ。


「……」


それでもまだ何か不満があったのだろうか。彼は“幸福材”を額に当てて、“満足感”をチャージした。


「……」


彼は“自動開閉ドア”で外に出ると、そこには「car」と書かれた“車”があり、古典的で庶民的な“散水機”というものが緑色の芝生に水をあげていた。


「……」


空にはアンドロメダ星雲とテルポ恒星がある。今日は宇宙にしたい気分のようだ。


「……」


彼は立ち止まって“考え”、“脳機”は「人間ミュージアムに行くべき」と、いつも通り“エラー”一つない最適解を出力した。彼は特に“考える”ことも“思う”こともなく、“脳機”の出力通りに“小型ワームホール”で向かった。


「……」


歪んだ時空を進んで行くと、その場所にたどり着く。長い上り階段の果て。これが人間ミュージアム。中世を思わせるような“自由造形半液体”で作られ、長方形に二光年ほど続いている。この“時間帯”において“接触可能型ホログラム”のような古代の技術を使う場所はもう存在しない。もはや中世というだけでとてもお洒落な見た目になるのである。


「……」


「ようこそ。人間ミュージアムへ。ここに来るのは初めてですね」


この紹介ロボットもかなり古典的な見た目だ。服装は所謂“タキシード”というやつで、“喋り方”も“年老いた熟練ガイド”っぽく“調整済み”である。


「……」


「ここでは、申し訳ありませんが“ワームホール”はお使いになれません。ぜひ、貴方様の足で、実際に“歩いて”頂きます」


「……」


少年にとって、“歩く”ことは造作もないことだ。ただし、“ワームホール”無しでというのが引っかかる。人生で100メートル以上連続で歩いたことがない。それ以上歩くのであればそれは一種の“挑戦”である。


「慣れてないかもしれませんが、まあ。一度ぐらいやってみるのもいいですよ」


「……」


自由、アイデンティティ。そのための“一人”なのに。


「それでは、行きましょうか」


「……」


この“ボール”には人間が少年しかいない。だから、当然中にも外にも人はいない。彼と“ガイド”二人だけ。というか、そもそもこの“時間帯”には人間は全宇宙、全仮想世界で彼一人しかいない。


「……」


中は“展示品”以外“明るさ”がなくほぼ真っ暗で、“自由造形半液体”特有の、歩いた時になる「ピチョン、ピチョン」という小さい音だけがミュージアムに響いていた。床も天井も壁もほとんど真っ黒で、時折濃い青や紫の部分があるぐらいだ。そして“自由造形半液体”のため、すべてが“波打っている”。


「それでは、プログラム通り紹介させて頂きます。最初はこちら……」


ガイドが指さす先には、ギリギリ近代の人類……15000年ぐらい前の人間が“いた”。十メートル四方の大きな展示スペースに、連れてこられているとも知らない近代の人間が一人歩いている。VRゴーグルをつけて、“電子的仮想空間”で遊んでいるようだ。


「これは西暦2382年、地球聖地の衛星月に住む一般的な人間の姿です。この二年後に未来へ行くタイムマシーンが完成し、僅か五年でタイプ4文明現代の域にまで達します。いやはや、“タイムマシーンは人類最大の発明である”というのは本当ですね」


「……」


“展示品”は「ハハハ」と“笑う”と、手にある“コントローラー”で何かを振り回す動作をし始めた。


しかし少年は、全く表情を変えない。いったい、彼が生まれてから何回表情が変わっただろうか。おそらく最初の、生まれたその瞬間、“情緒安定機モニタリングバッチ”を胸につける前が最後だろう。


「さて、お次はこちら」


次の展示スペースには、AIと人間が血なまぐさい“戦争”と呼ばれるものをしている様子が現れた。


「こちらは西暦2214年の最終戦争です。人間が人間を殺すために、AIがAIを殺すために、ありとあらゆる“武器”が使われました。この戦争で人間はその八割が消滅し、母なる大地地球は完全に荒廃し、我々現代人によって秘密裏に環境操作を行わなければならない程になりました」


「……」


少年の前で必死に泣き叫ぶ“展示品”。“脳機”のおかげで何て言っているかはわかる。「アンナー!」だ。“インフォメーションセンサー”によれば、アンナとは彼の“妻”のようである。また、彼は敵AIの罠にはまり両足を失ってしまったようだ。


「……ちょっとこれは貴方様には早かったですかね」


「……」


少年はやはり表情一つ変えずに、真顔で哀れに叫ぶ彼をじっと眺めていた。


「次に行きましょう」


「……」


二人は“人類の歴史「金星テラフォーミングの150年」”資料館へと続く廊下を横切り、また新しい展示スペースへと足を運んだ。


「金星のテラフォーミング……よく知るのは“事前”と“事後”の金星だけです。どうです?次来るときには寄って行ってはどうでしょう」


「……」


人間が金星のテラフォーミングに150年も費やしていたとは。結末がたったの3秒なだけに悲しいものである。


「またお越しになったときに、ご覧ください」


「……」


ガイドの“優しい”声にどこかシステムを揺さぶられながらも、“歩く”という動作を完璧にこなそうと必死になって“脳機”を回転させていた。


「こちらが、西暦2024年の人間でございます。当時は、俗に“JK”と呼ばれていた種族で、当時日本と呼ばれていた“国”からの展示です」


「……」


展示スペースには17歳の女性が三人、何気ない、全くもって生産性のない会話をして楽しんでいる。


「今じゃ考えられませんが、当時ではこのようなことがよく行われていたようです。人々はこれらを“青春”と呼び、“友情”と呼ばれるものを育んでいたそうです」


「……」


「“幸福材”の中に含まれるこういった“成分”は、古代の人々はこうでもしないと手に入らなかったのです。それはそれは長く、苦労に満ち溢れていたことでしょう」


「……」


「しかし、残念ながら“青春”は“学校”というものを卒業したのち終了します。年齢が“大人”という段階に入ったとき、人間は“労働”と“不満”、“堕落と欲求”といったものに日々をむしばまれ、最初期のダイソン球のさらに数千兆分の一以下の生産をして死に絶えるのです」


少年は三人の“談笑”する姿を見上げ、やはり表情は変えず、じっと眺めるだけだった。これから三人に何が起こるのか。見当はつかないが、古代人というものはやはり辛い人生を送っていたようである。


「それでは、お次に参りたいと思います」


「……」


二人は「ピチョン、ピチョン」という音と波を立てて、次のステージに歩いて行った。


「こちらは、西暦1710年。初めて人間が実用的な蒸気機関を開発する前日の様子です」


「……」


展示スペースには、二人の男が簡素な鉄でできた何かを火であぶる様子があった。あぶっていると、突然その何かの一部に穴が開き、白い煙がもくもくと飛び出してきた。あえて近い語を使うとすれば、“エラー”である。


「当時はまだ“動力”というものがほとんどありませんでした。二人は“鉱山採掘施設”で“重労働”をする子供を見て、行動を起こしました。今ではこういった“エラー”はあらゆるものにおいて存在しませんが、現代まではそれが普通だったようです」


「……」


実験に“エラー”した二人は頭を抱え座り込んたが、すぐ立ち上がって、少し笑みを浮かべながらその何かを直し始めた。


「二人は、“エラー”を恐れていませんでした。理由はおそらく彼らの“心”の中にあります。私たちには到底理解できない行動ですが、こういったことが当時行われていたことは事実です」


「……」


少年はそれでも黙っていた。二人の熱気と汗、そして“気持ち”が直に伝わってくる中、彼は引き込まれるように二人を見つめていた。


「それでは、これが最後です」


「……」


最後にたどり着いた展示スペースには、幼い子供を“囲んで”、“なでて”、“あやして”いる現生人類ホモサピエンスがいた。


「これは……もはや今の人間とは比べようもない……サルから人間になった“ほとんど動物”です。西暦に換算すると紀元前314522年。言ってしまえば、我々が生まれた瞬間といったところでしょうか」


「……」


“ほとんど動物”たちは顔がどこかサルっぽくて、全く考えられない程に“行動的”だった。子供を“両親”と呼ばれる人間が死んででも守ろうとし、ありとあらゆる自分の“データ”を子供に“インプット”させていた。


「彼らは家族集団で常に生活していました。なぜなら、そうしないと生きていけないからです。当時、人間はまだ“食物連鎖”の頂点にはいませんでした。火や石器はありましたが、鉄製品ですらも持っていません」


「……」


「いったいこの頃の人間はどうやって“生きて”いたのでしょうか……“幸福材”も、“脳機”も、半導体すらもない時代で」


「……」


「果たして、彼らは“楽しかった”のでしょうか」


「……」


「“満足感”を得ていたのでしょうか」


「……」


「“生きている”心地などというものはあったのでしょうか」


「……」


少年はずっと見続けていた。一度も見たことのない、“脳機”のメモリーに含まれていない、“家族”という存在を。


「彼らには何が必要でしょう」


「……」


その時、子供の“展示品”が“笑った”。


「……では、私たちには何が必要でしょう」


「……」


……少年は、理由もわからず拳を初めて“力いっぱい”握った。高ぶる何か、“感情”というものについて“脳機”のCPUを高速回転させた。


……


「答えは出ましたか?」


“展示品”は、まだこっちに向かってニッコリと“笑いかけて”いる。とても“無邪気”で、“美しい”顔だった。


遊び……愛……友情……情熱……家族……


「……」


「では、出口へと向かいましょう」


二人は静かに雫の音を立てながら、“出口”と書かれた“手動式ドア”に向かって一歩ずつ、進んで行った。


「この扉は、貴方様の手で開けてください」


初めてだった。この何とも言えないドキドキする“感覚”も、“ドアノブ”のひんやりとした冷たさも。

そして、少年は自らの手で“扉”を開いた。


「……!」


まばゆい光のその先には、一面の“花畑”と、かつて地球に存在した“青い空”。


「……!……!」


初めて。全てが初めてだった。何もかも、“脳機”の“予測”にはなかった。


「これから何を“する”か、何を“感じる”か。それは、全て貴方様次第でございます」


「……ぼ……く……」


存在する限りの“エネルギー”を使って出たその単語は、初めて喋った言葉だった。


「……それは未来、です」


暖かい春の陽気。“美しい”花は本物。偽物バーチャルじゃない。


「全てが、貴方様のものです」


「……!……!」


少年は、“心”から“情緒安定機モニタリングバッチ”を、“頭”から“脳機”を外した。


「“挑戦”してはいかがでしょうか」


少年は、何とも言えない“感情”というものに動かされ、花畑の真ん中の、何もない草原を歩いていく。


「……っ……っ」


初めてで、“完璧”じゃない。ふらふらして、“エラー”だらけの“挑戦”だが、確かに、少年は一歩ずつ“歩んで”いた。


そして、小高い丘を登って、頂上に立つ。


……彼は振り返り、その“感情の高ぶり”から、口角を上げて“笑った”。




「……ありがとう」




彼は、その丘をゆっくりと下り始めた。






~おわり~

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