隣の悪魔ちゃん
ふわり
ep1 エリス=メイメイ
「悪魔と人間の違いは、何を食べるかだ。人間はお前も知っての通りだが、悪魔は魂を喰らう。」
本棚が無数に並ぶ部屋の真ん中に、テーブルが置いてあり、その後ろのソファに腰掛けている男の名は悪魔狩りの師スワンデス。彼は話を続ける。
「悪魔には体温がない。それ故に魂を欲するのだ。」
「質問いいですか?」
セナウは挙手をしてそう言った。
「なんだ?」
「つまり魂には熱があるということですか?」
「その通りだ。人は死ぬと冷たくなる。それは魂に熱を持っていかれるからだ。しかし個体差があるのも事実。生前の煌めきに比例しているという研究結果もあるのだが、それに関しては私もよく分からん。」
コツコツと時計の針が流れていく。
「師よ。では。悪魔と人間の見極め方はどうすればよろしいのでしょうか?」
セナウの問いかけに、スワンデスは一つの本を手に取って答えた。
「一つ。身体能力が人の域を越えていること。二つ。主に夜に行動をすること。三つ。心に凶悪性を秘めていること。」
「それだけですか?もっと具体的に。例えば容姿が違うとかはないのですか?」
「ないから厄介なのだ。セナウ。君は主席で中等部を卒業したと聞いている。これから高等部で、悪魔狩りの真髄について知ることになるだろう。しかしな。最も大切なことは悪魔とは遭遇しない人生を送るということなのだ。生身の人間である我々は、銃という近代兵器でしか、悪魔に対抗する手段がない。そんな危険を君たち若者が背負う必要などないと私は考えている。」
「師よ。お言葉ですが、僕は悪魔を狩るためにこの学院に入り努力をして参りました。主席卒業の特権として、銃も与えられております。出来ることならば一日でも早く悪魔を狩りたいと願っております。」
スワンデスはゆっくりとソファから立ち上がり、セナウの方へ向かってくる。
「セナウ。君の過去に何があって、悪魔を憎んでいるのかは知らないし、わざわざ聞く気もない。それに君の能力ならば悪魔とも戦えるかもしれん。しかしなこの世界には五大悪魔というのが存在している。」
セナウは、迫ってくるスワンデスの迫力に少し後退りする。
「五大悪魔、、ですか?」
「そうだ。個々に秀でた能力を有しており、特異な魔力を持つとも言われている。君がどれだけ優れた能力を持っていたとしても、五大悪魔には到底及ばない。」
「師は。その五大悪魔に遭遇したことはあるのですか?」
スワンデスは少し悩む素振りを見せてから、口を開いた。
「ある。彼女の名は、エリス=メイメイ。若い女の悪魔だ。」
「どのような能力を?」
セナウが興奮気味に尋ねると、スワンデスは被りを振った。
「彼女は私に興味を持たなかった。好みの魂ではなかったと言うべきだろうか。何もせず去っていたのだ。」
スワンデスがそう語った直後、部屋の扉が激しく叩かれた。
「何事だ?」
スワンデスが問いかけると、若い男が息を切らして報告をする。
「中央広場にて、悪魔の仕業と見られる事件発生。スワンデス様は至急現場に向かわれよ。との事です。」
「分かった。ご苦労。」
スワンデスは机の引き出しから銃を取り出して懐にしまう。
「セナウ。君は待機だ。」
「いいえ。僕も行きます。」
「駄目だ。君は私付きの悪魔狩り見習いだが、まだ学生だ。ここで待機していろ。」
スワンデスは返事を聞くと前に、足早に部屋を去った。
セナウは、少し呆然と立っていたが、待てと言われて大人しく待つ性格ではない。勢いよく扉を開いて中央広場に向かい走って行った。
外に出ると辺りは薄暗くなっており、悪魔の活動が始まる時間帯ではある。
中央広場ではスワンデスが、無惨に転がる四つの遺体を現場検証していた。セナウはその隙に周囲の悪魔の痕跡を辿ることにする。
(この時間。まだ太陽は沈みきってはいない。となると太陽と反対側に逃げた可能性が高いだろう。)
セナウは路地の方へと歩を進めた。
しばらく歩くとほとんど人の気配がないゴミ溜めのような場所に出た。そこに一人の気配を感じる。
(こんな場所にいるのは、金のないホームレスか、悪魔だけだ。)
セナウは銃を構えて、ゆっくりと人影に近づく。そして声をかける。
「おい。そこで何をしている?」
男はゆっくりと振り返った。
「それは。銃か。ということは悪魔狩りか。」
「その通りだ。おまえを狩る。」
男は不敵に笑った。
「おまえみたいな若造に狩られるほど、軟い人生を歩んじゃいない。」
「黙れ。」
セナウは引き金を引いた。しかし悪魔は遥か上空に飛び上がりそれを避ける。そして右手でセナウの首を掴んだ。
「離せ。」
セナウは学院で学んだ護身術を使い、何とか悪魔を振り解き、距離をとった。
(これが悪魔の身体能力か。確かに驚異的だ。)
セナウは再び銃口を悪魔に向ける。
(僕の銃はあくまでも護身用。距離を縮めなければ当たらない。)
セナウはジリジリと近寄っていく。
(今だ。)
セナウは引き金を引いた。しかし銃弾は簡単に避けられてしまう。それどころか悪魔の右拳がセナウの腹に大きな穴を開けた。
セナウはその場に倒れ込み、意識は戻ってこなかった。
どれだけ時間が経っただろうか。
セナウが目を覚ますと、見たことのない場所にいた。動こうとすると、鎖で全身を椅子に固定されており、動けない。
(なんだここは。それに腹の数も治っている?いったいどういうことだ。)
困惑するセナウの前に、一人の女が立っていることに気がついた。
「何者だ?」
セナウが問うと、その女は可愛らしい笑顔で答えた。
「エリス=メイメイ。」
「な、なんだと?」
スワンデスが言っていた五大悪魔の一人が目の前にいる。この絶望的な状況に、セナウは少しばかり悪寒が走る。
「僕をどうするつもりだ?」
「メイは助けてあげただけだよ?死にそうだったから。治療してあげたの。」
「治療?悪魔が?笑わせるな。」
「拷問するために連れてきたつもりだったけど。なかなか面白い魂だね。」
メイメイはそう言いながら、セナウの鎖を解いた。
「なんのつもりだ?」
「なんのつもりって?その魂。メイに食べさせてよ?」
「断る。」
セナウは銃を構えた。
「悪魔を狩る手助けをしてあげるからって言ったら?」
「手助けだと?」
メイメイは少し笑った。
「今の君は弱すぎるからね。メイが手助けしてあげる。その代わり目的を果たしたらその魂をメイにちょうだい。」
「言ってる意味が分からない。僕はただ目の前の悪魔を狩るだけだ。」
「だったら。勝負に負けたら、メイと契約する。それでどう?」
(なんなんだ、こいつは。)
悪魔の囁きが、セナウを襲っている。
「君は悪魔狩りなんでしょ?だったらメイを殺してみなよ?それができなければ、その魂はメイが預からせてもらうね。」
「もうなんでもいい。とにかく狩る。」
セナウは銃口をメイメイに向けた。それが敗北の予兆とも知らずに。
隣の悪魔ちゃん ふわり @huwari_1998
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