第11話 花火大会 2
「母ちゃん! 甚平ってなかった?」
「え? なによ突然」
「ほら、ばあちゃんが作ってくれた」
「ああ……。あるわよ、でもどうしたの? 突然」
「え? ほ、ほら。今日大斗達と花火を見に行くって……」
「ああ。なるほどね」
「そ、そうなんだ」
「へえ……。女の子も来るの?」
「へ? ち、違うよっ! そんなんじゃないからねっ!」
「はっはっは。分かってますよ」
家に帰って母ちゃんに甚平がどこにあるか聞くと、ちょっと意味深に色々聞いてくる。だから嫌だったんだ僕は。
母ちゃんはどこまでも楽しそうにして、本当に嫌だ。
それでも、押し入れから出してくれた甚平を試着してみる。本当なら自分の部屋でこっそりと試したかったんだけど。サイズが変なら直してくれるという母ちゃんに押し切られ、母ちゃんの眼の前で着てみた。
「うん。良いじゃん。ちょっとズボンが短い気もするけど、夏だしね」
「短いかな?」
「気にしなくていいわよ。このくらいなら」
「そう?」
鏡の前で自分の姿を見る。せっかく婆ちゃんが作ってくれたのにあまり着ていないから良かったかも知れないな。そんなふうに感じる。
ちなみに爺ちゃん婆ちゃんは、近くに住んでいるからしょっちゅう会うし、隼みたいに母ちゃんが帰省するために新幹線に乗ったりとか、そういうのは無いんだ。
甚平も問題ないと成れば、後は時間まで特にやることはない。
僕は、神社で見つけた虫の写真を開き、図鑑と照らし合わせてなんていう虫か、一つ一つ調べることにした。
……
……
夏の日は長い。夕食を食べる時間になってもまだ外は少し明るい。食事中に話していたら、妹は母ちゃんとうちのベランダから花火をみるらしい。
僕も、友達と行くようになる前は、ベランダから見ることが多かったな。
時間になると、僕は家を出る。
花火を見るベストポジションは本当は学校の校庭なんだけど、やっぱり同級生とかも多い事を考えて、ちょっと人の少なそうな場所へ行く予定だ。
学校の校庭には、地元の人たちが屋台みたいな出店を出すので、町の皆はそこに集中する。行くのは隼の提案で、ちょっと高台にある農産物の直売所だ。現地に着くと少しは同じ様に花火を見に来ている人も居るけど、そこまで多くはない。
駐車場の隅にあるガードパイプの上に四人で並んで座って花火が始まるのを待つ。この待っている間のドキドキ感も楽しい。
やがて遠くのほうで司会の人の声が聞こえた。山に反響しちゃってきちんとは聞こえないけど最後に「どうぞ~」っていうのは聞こえた。
すると小さな光が上に登ってくる、少しだけ遅れてヒュルヒュルという音が聞こえ、パッと花火が開いた。
ドーン。
これぞ打ち上げ花火。という堂々とした一発。それを期に、花火のプログラムは進んでいく。
花火って、なんとなく口を開けたまま見るのが自分としては定番だ。
花火のドーンという重低音が空いた口から体の中に入って、体全身で花火を楽しめる。そんなふうに感じるんだ。
でも、今日はきゅっと口を閉じて花火を見ている。
隣に、浴衣を着たラナが居るから。
「どう? ラナ」
「うん。とっても素敵……」
ラナはじっと打ち上がる花火を見ていた。その横顔があまりにもきれいで、僕は思わず見つめてしまう。ラナは本当に宇宙人なのかな? そう思うくらい僕たち地球の人間に似ている。もちろん、日本人というより少し白人っぽいと言えばそうなんだけど……。
そんな僕の視線を感じたのか、ラナがふとこっちを見る。
「ん?」
「あ、いや……。なんでもない」
僕はすぐに視線を花火の方に向ける。すると今度は反対側から視線を感じてそちらを見れば、大斗と隼がニヤニヤと僕の方を見ていた。
僕はどうしていいかわからなくなり、とりあえず「イー」って変な顔でごまかす事しか出来なかった。
夏の花火大会は、たまに夕立に当たったりすることもあったけど、今日は完璧だった。風もいい感じに吹き、花火の煙も溜まること無くきれいに流れていく。
僕の町の花火大会は、規模としてはそこまででもなく一時間もかからない。農産物の直売所の建物についている時計を見れば、だいたい四十分くらい。
花火が終わると、他の見ていた人たちはすぐに帰っていく。その中で、花火が終わった後も、ラナはガードの上に座ったまましばらく夜空を眺めていた。
僕の町では、だんだんと見にくくなってきては居ると言われているけど。まだ天の川が薄っすらと見える。
今日は特に雲一つ無いいい天気だ。
夜空を見つめるラナは、なんとなく寂しそうに見えて、僕は声をかけづらい気持ちになっていた。多分、大斗も隼もそうなんだろう。
「赤い目玉のサソリ
広げた鷲の翼
青い目玉の子犬
光のヘビのとぐろ」
その時、ポツリとラナが歌を歌い始めた。
あまり聞いたことのない歌だけど。なんとなく古い歌のような感じがする。やがて歌い終わったラナに僕はそっと訊ねる。
「ラナの星の歌なの?」
「栄太は知らない?」
「……うん」
ラナの話を聞く感じだとどうも地球の歌のようだ。でも隼はこの歌を知っていたみたい。
「星めぐりの歌、だね? 宮沢賢治の」
「ふふふ。隼はよく知ってるわね」
「っていうより、ラナがそれを知ってるほうが驚きだよ」
「インターネットの動画サイトでね、たまたま見つけたのよ」
「完全に日本人の行動だよね」
「ふふふ。……私達も、昔の人達はこうやって、星と星をつなげて何かの形に当てはめて見ていたって教わったことがあるの」
「今はないの?」
「そうね。色んな星に行くものだから、場所場所で星の見え方が変わってしまうから。それに日本であるのと同じで光害みたいなのがあって、星を見るのってとても難しいの」
「やっぱり凄いね。ラナの星は」
「たまたま……。なのかもしれないわ。そういう文明の違いって」
「たまたまでここまで差があるのもね」
そして、再び沈黙が訪れる。こういう時は大斗は特に駄目だ。泣きそうな顔で僕の方を見る。僕だってそんな目で見られてもなんて声をかけて良いのかわからないんだ。
隼だって、ラナと同じ様に空を見上げて黙ってしまった。
そんな重い空気の中。スッと、ラナが手を上げて、天の川の一点を指さした。
「恒星じゃないから見えないんだけど……。私達の星はあそこらへんにあるのよ」
なんとなく僕たちはそれは分かっていた。
だって。ラナは。さっきからずっと空の一点を見つめていたから。
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