第10話 花火大会 1

 次の日、少し心配だった天気も大丈夫そうだ。

 僕も大斗も昨日までとはうってかわり、必死に宿題を進めていた。早く終わらせてラナに町の色々を見せてあげたいって思っていたけど、大斗も同じようだ。


 二人で競うようにカリカリと宿題をこなしているのを、隼が少し苦笑いしながらみていた。


「あらっ! なになに? 大斗も頑張ってるじゃん」


 僕たちが宿題をやっていると、大斗の母ちゃんが階段を上がって部屋を覗く。


「い、いつもだろ?」

「いつも? 大斗が勉強しているのなんてあんまり記憶にないわよ」

「何言ってるんだよ。ほら。母ちゃん邪魔だからあっち行って」

「アイス持ってきたんだけど良いのかい?」

「え? 食う! ちょーだい」


 一時間くらい集中していたのだろう。今までの何日かよりグッと宿題が進んでいるのが分かる。この分だと、お祭り前には宿題が終わるかも知れない。


「ありがとうございまーす」


 僕は大斗の母ちゃんに棒アイスを一本もらい袋を破く。

 大斗は、母ちゃんが大斗の宿題帳を覗いたりするのが嫌みたいで、早く出ていってと不機嫌そうに言う。大斗がちゃんと勉強していそうだと確認すると「はいはい」と笑いながら一階へ降りていった。


「う……。染みる」


 アイスを食べていた大斗が渋い顔になる。それを見た隼が聞く。


「何? むし歯?」

「むし歯……じゃない! 詰め物がちょっと取れただけ」

「あーあ。早く歯医者さん行かないと」

「……。隼。母ちゃんには言うなよ」

「うわ。行かないつもりだし」


 大斗の反応に隼がおどけたように言うけど、僕には大斗の気持ちが分かる。

 歯医者は怖いし、行かないで済むなら一生行きたくない場所だ。なんで歯医者はあんな怖いんだろう。未来の世界では歯医者が無くなっていればいいのに。


 ……未来の国?


「そうだ。ラナにお願いすれば宇宙の技術でパッと直してくれるかもよ?」

「おお。宇宙の技術!」


 僕の思いつきの言葉に大斗も嬉しそうに反応する。

 だけど、隼は表情も変えずにそれを否定する。


「昨日言ってたじゃん。食べるものも少し違うって。それって。体の作りも同じ様に見えて微妙に違うってことなんだよ」

「だから何だよ。ラナだって歯があるじゃん」

「そうだけど、ラナに適した治療が、俺達に適してるなんてわからないだろ?」

「うーん……。そんなものなのか?」

「それにラナだってまだ子供だって言ってただろ? 歯医者の仕事がそんな簡単にできるわけ無いよ」

「まあ、そうかも知れないけど……」


 隼の言葉に、大斗はシュンとする。まあ、ここが頃合いだろ。


「よし。勉強戻るぞ~。お祭り前に終わらそー」

「ん? そうだな。よし。頑張ろう」




 僕たちは午前中にみっちり勉強をすると。午後にふたたび神社の祠へ向かった。


「あ。神輿作りの足場が出来ているね」

「そっか。隼はラジオ体操別だもんな」


 神社の境内の広いところにちょっとした足場が作られ、そこで神輿作りが始まる。この足場が出来ると、神輿づくりも本格始動する感じがあって、否が応でもテンションは上がるんだ。


 足場と言っても神輿の樽を積み上げるための足場とかではなく、コの字に囲んだ足場にブルーシートで屋根を作ったりして、簡易的な倉庫として使うんだ。


 その倉庫の中には、家を立てる時にやる地鎮祭みたいな祭壇が作られている。


 夏休みが始まるのと同じ日から、神輿づくりで父ちゃんが夜に出かけるようになったけど。一日目はお酒を飲んだりして団結式みたいなのをして、二日目は倉庫から足場の機材を出して。昨日、一気に建てた感じなのかな?


 まだブルーシートはかかってないけど。きっと今日の夜に屋根を作って。神主さんが安全祈願をするのかもしれない。


 おじさんたちはみんな、昼間の仕事を終えてから夜に集まるから、作業はちょっとづつ進められる。

 日曜の休みの日に神社の杉の木の葉を集めたりもするんだけど、後は全部夜にやる感じだから、僕たちが見学とかはあんまり出来ない。


 ラジオ体操のたびに作業がちょっとずつ進んでいるのを見るのも楽しいんだ。



 周りを見回して、人に見られていないのを確認すると僕たちは石灯籠に手を突っ込んで、祠の入口を開ける。

 中に入ると、ラナは宇宙人のパソコンに向かって夢中で何かを作業していた。


「こんにちは」

「おじゃましまーす。……ん? ラナ何をしてるの?」


 ラナはモニターを何個かに区分けして、色んなものを見ていた。僕たちの使うパソコンのウィンドウと同じ様な感じ。その一番手前のウィンドウには、なんか着物の型みたいなのが写っていた。


 それを見てすぐに隼が反応する。


「そうか。浴衣を作るの?」

「うん、あまり複雑なデザインのやつは作れないんだけど、調べてみると浴衣って、割とシンプルな作りでも行けそうなの。帯とか別に作れば……。柄は無いけどね」

「へえ。いいじゃん」

「花火大会って調べてみたら、皆浴衣を着て見に来ているみたいで。なんとなく作ってみたくて」

「良いじゃん。ワンピースもいいけど。夏のまつりは浴衣だよね」


 僕たちはあまりじゃまにならないように、椅子に座ってラナの作業を見ていた。


「そう言えば二人は、浴衣着る?」

「俺、浴衣無いよ」

「俺も無いなあ」


 大斗も隼も浴衣なんて着ているのを見たことはない。僕は確かおばあちゃんが作ってくれた甚平があるけど、あれは浴衣じゃないよな。でもお祭りに良いのかな?


「ん? 栄太は浴衣あるの?」

「浴衣は無いけど、甚平みたいなのなら……」


 そう答えたけど。なんかよく考えると一人だけラナに合わせて和服を着ていくのってちょっと恥ずかしいかも知れない。


「じんべ? ……これかな?」


 ラナが僕の言葉を聞いてすぐにパソコンで調べる。モニターに出てきたのはまさに甚平で、それを見てラナは「うんうん」と頷いている。


「で、でも……。僕はこのままかも」


 思わずそう答えると、ラナがちょっと残念そうに言う。


「えー。私だけ浴衣なの? 栄太もこれ着てきてよー」

「ぼ、僕が? うーん」

「ね。ほら。せっかくの花火大会なんでしょ?」

「そ、そうだね……」


 僕は押し切られるように、甚平を着ていく約束をしてしまった。

 なんとなく恥ずかしくて、大斗と隼の方を見れなかった。

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