第9話 帰路

 帰り道に僕は、大斗と隼に祠が使えなくなっていた話をする。聞いた二人もやっぱり残念で、可哀想で悔しくて、そんな微妙な顔になる。僕も、二人がせっかく僕たちが探しに行けるように涼子達の相手をしてくれていたのに、なんだか申し訳ない気持ちにもなってしまう。


「ほら。そんな顔をしないで。千年以上も前の物なんだもの。片方だけでも残ってただけで凄いんだから」

「う、うん……」


 ラナは必死に元気な顔を作って慰めようとする。これじゃ全く逆なのに。



 僕たちは、汗をかきながらペダルを漕いで必死に丘を上っていく。喋る余裕もあまり無いのが晴れない気持ちを誤魔化せて居るように思えた。僕も腰を浮かせて必死に漕ぐ。その方がちょっとだけ気が楽になるんだ。


 はっ。はっ。はっ。


 なんとなく、丸子町からの登りの傾斜よりキツイ感じがする。先頭を行く大斗の自転車は僕たちと比べても大きめで、大人が乗っていても良さそうなロードバイクだ。ラナの借りた自転車もスポーツ系の自転車なのでギアがたくさんある。


 きっと、僕の自転車より坂を登るのが楽なんじゃないかって思う。


 それでもなんとか僕も地面に足をつくこと無く、丘を登りきることが出来た。その達成感で、僕の気持ちは少しだけ悔しい気持ちが薄くなったように思えた。


 汗だくで坂を登りきった僕たちは、四人で坂道を下りながら、気持ちの良い風を受けながら各々いろんなことを考えていたんだと思う。




 そのまま神社に戻ると、祠の中に入っていく。

 もう、感覚的には僕らの秘密基地だ。道中は簡単にしか二人に話していなかったので、僕とラナからちゃんとした説明をする。おそらく前宮の祠はため池を作る時に場所とか動かして、地力が吸えなくなっていると二人に話す。


 大斗は、よく分かっていないみたいだったけど、隼はすぐに状況を理解したみたい。真面目な顔でラナに質問する。


「で、他に何か手は無いのかな?」

「今のところ無いわね。でも、私があの倉庫から居なくなったことで間違いなく捜索は始まっているから……」

「捜索と言っても、まずはラナの星の中で探すんでしょ? こっちまで考えるのはもっと先になっちゃうと思うんだけど」

「それは……。間違いなけど。でも、私があの倉庫から出た記録も無いからすぐに何処かの転移装置が働いたって考えになると思うの」

「で、その倉庫に古い転送装置ってどのくらいあるんだい?」

「えっと……。あの倉庫には、多分千台くらいは」

「そ、そんなに?」

「うん。でもあそこにあるのは天の川銀河の中だって事だけは分かってるからっ」

「それってめちゃくちゃ広範囲じゃん」

「ははは」


 僕や大斗にはどの程度の話なのか全く分かっていなかったけど、隼には状況があまり良くないと感じたみたいだ。困った顔をしながらも、ラナに質問を続ける。


「星の宮の祭神って、なんて言ったっけ?」

「天津甕星の事?」

「そう、その神様を祀ってる神社って、他にもあるんじゃないかな」

「そうね、調べてたけど、ここの神社よりも有名で大きいところもあるわ」

「じゃあそこに――」

「無いわ」

「無い?」

「そういった神社に、わたしたちの船が降り立って、当時の人達に神様のように崇められた事はあったと思うわ。だけどそれで神社が建てられたとしてもそれは地球の人の仕事なの。転移室は私達が設置する物で一天体に一個と決まっているの」

「そんな……」


 話はどんどんと詰まっていく。聞いている僕でもラナを迎えに来てくれるまで待つしか無いのだと思い知ってしまう。

 そんな状況なのに、笑って逆になだめようとするラナに僕はなんかよくわからなくなる。


「ラナは……。それで良いの? こんな狭いところしか無くて、退屈じゃない?」

「私は将来、他の知的生命体の文化を調べるというのが夢だったの。学者? になりたかったのよ」

「で、でも。ラナだってまだ子供でしょ?」

「確かに、まだまだ研究者としては未熟だし、資格だって取ってないわ。でも、せっかくゆっくりとこの地球で生活できるなら、それはそれで楽しみなのよ」


 ラナの星の人たちの寿命は僕たちよりだいぶ長いんだと言う。だから他惑星での実地研究も普通に数年単位で行ったりするのは普通なんだって。

 それにラナは、自分の星の仲間が必ず迎えに来るって信じていた。




 沈黙に耐えられなかったのかもしれない。突然大斗が何かを思い出したように声を出した。


「そ、そうだ! 明日は花火大会じゃん。ラナは花火って知ってる?」

「花火は一応データーで見たわ」

「あれはデーターなんかじゃ分からないって。自転車だって実際に乗ってみて違ったでしょ?」

「うん。確かにそうね」

「気を取り直して、明日みんなで花火を見に行こうよ。隼も栄太も良いだろ?」

「僕は大丈夫だけど……」

「俺も良いぜ」


 そういえば僕も全然忘れていた。毎年とても楽しみにしている花火大会だ。隣の大きな街でやる花火大会と比べるとちょっと上がる花火も少ないし、規模も小さいけど。そこまで人がいっぱい混雑するわけでもなく、それでいてすぐ近くで見れるのが魅力なんだ。


 僕たちの町の花火大会は町を縦断する川で行われる。丸子町は川の周りにわずかにある平たい土地に広がった町で、特に上流の方は川から離れるとすぐに山になる。そんな場所で行われるため、山間の谷間で上がる花火の音は、周りの山に反響して独特な響き方をするんだ。


 地球の文化を見たいのなら、ラナに花火を見せるというのは僕も賛成だ。



 そろそろ夕食の時間も近づいてきたので、僕たちは一旦家に帰ることにする。


「ラナは、一人で大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。もう一ヶ月もここに居るんだもの」

「ここで……。寝るの?」


 そう言えば、この部屋は言ってみれば宇宙船の操縦室みたいなものだ。周りにベンチみたいなのがあるから僕たちはそこで座ったりしているけど。ベッドもなければトイレとかも見当たらない。


 僕の考えている事が分かったのだろう。ラナはフフッと笑うと例のパソコンで何かを指示する。そして一つの壁の方に近づいた。ラナが壁に触れたと思うと、壁だったところがスッと消えて奥に部屋があるのがみえる。


「え! すっ凄いね」


 女の子の部屋を覗くような罪悪感がちょっとだけあったけど、僕は興味に負けて中を除いてしまう。隼も大斗もそうだ。

 ラナは少し恥ずかしそうに言う。


「あ、あまりじっくり見ないでね。恥ずかしいから……。ここで寝泊まりしているのよ」


 その部屋は、壁に二段ベッドの様に寝る空間が作られていた。壁の反対側も同じ様になっていて、四人くらいが寝泊まりできるようになっているが分かった。


 その一つに、色々と服などの物が置かれたベッドがあって、なんとなくラナの生活している雰囲気が感じ取れた。


「食事は、作れるんだっけ?」

「うん。簡単なものだけどね」

「うーん。うちのトウモロコシとか持ってくる?」

「えっと……。ごめんね。地球の人たちの食べ物とはちょっと食べるものが違って……」

「そ、そうなんだ……」

「一応お水とかは大丈夫なのよ」


 そういう話にも隼は少し興味を持つみたいだ。


「そっか。生物進化の元が違えば必要な栄養素も変わるってことだね」

「そうなの。だからこうしてどこの星でも自分たちのための栄養素を作る技術は最も基本的なものって言われているの」

「へえ。でも、空気とかの構成は? 地球とラナの星が全く一緒という事は無いよね?」

「そうね。そこは……。何ていうか私達はある程度自分の星と違う大気への適応性は持っているの。だから多少違っても必要な酸素とかあれば生きていけるわ」

「へえ、凄い!」


 隼は興奮して色々聞いているが。僕と大斗はチンプンカンプンだ。


「でも、やっぱり自分の一番リラックス出来る大気構成っていうのはあるの。だからこの部屋はそれの調整が出来るから……。というか、多分皆はその構成だと頭痛とか出たりするおそれがあるの。だから普段は閉じているの」

「なるほど、じゃあ今はその空気を地球のものに直したのか」

「そういうこと」


 でも放って置くと隼はいつまでも止まらなそうだ。

 僕と大斗は、そろそろそのくらいにして今日は帰ろうと提案する。隼はまだ聞き足りなそうだったけど、確かにあまり遅くなると親も心配しちゃうと思ったのだろう。渋々帰路についた。


「じゃ、また明日……。お昼過ぎには来れるかも」

「うん。また明日」


 僕たちは少し名残惜しい気分で各々の家に帰った。

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