第3話 ラナ

 PADと言っても、そこまで大きいものじゃない。確か大きいのと小さいのがあって、母ちゃんは小さいのを選んでいたと思う。


 僕はそれをカバンに突っ込むと、神社に向かった。


 祭りの準備が始まっていると言っても、昼間の境内は静かだ。僕は砂利が引いてある参道からズレて、森の中に入っていく。

 神社の境内って、なんとなく杉みたいな針葉樹が多い気がするけどなにか意味があるのだろうか。


 ピンとまっすぐに伸びた木がたくさん生えていると、確かに統一性みたいなのは感じるんだけど。と言っても生えている樹はそれだけじゃない。僕は早速、木の葉っぱに止まっている真っ白い蛾を見つける。


「蛾……でも良いよね」


 昔から昆虫は好きだったけど、細かい虫の名前とかまで詳しいわけじゃないんだ。とまっている蛾にPADのカメラを向ける。


 ……パシャ!


 まずは一枚目だ。虫の名前は帰ってから調べるとしよう。

 今日は十匹くらいは見つかると良いな。


 そんな事を考えながら、どんどんと林の中に入っていき、虫を見つけるとカメラで撮っていく。


 初めは幸先よく、色々な虫が見つかるが、だんだんと同じ様な虫ばかり見つかるようになってくる。


「うーん。なんかレアな虫とか居ないかなあ……」


 地面に目を向けて、アリを見ているけど、アリは今のところ普通の大きさの物と、ちょっと大きいアリの二種類なのかな。なんとなくお腹の辺りが赤いアリを見たことがある気がするんだけど、それはもっと山の方だったかもしれない。


「あ、そういえば建物の下に蟻地獄があったかな?」


 アリ繋がりでなんとなく新しい虫が居そうだと思いながら上を見れば、ヒラヒラと一匹の蝶が舞っていた。


 黄色い蝶は、多分モンキチョウだろうなと思いながら、追いかけていく。流石に写真に収めるには止まってもらわないと。

 

 だけど蝶はなかなか止まることなく飛び続けていた。このまま神社から出てしまったら困るなと、飛んでる蝶にPADのカメラを向けるが、うまく収まらない。

 そのまま蝶は、杉林の中に佇んでいる小さい祠の方に向かっていく。


 祠は神社の本殿からかなり離れていて、みんなからはその存在自体忘れられているようにひっそりと佇んでいる。石造りの小さな祠で、全体的に風化してずいぶん古い物なのだろうと分かる。僕の身長くらいの大きめの祠で、脇に石の灯籠が立っている。これもずいぶんと古くて灯籠って言うより、まるでキノコのようだ。

 だけど、崩れたりはしていなく、シャンとした佇まいはなんとなく違和感を感じた。


 ヒラヒラと舞う蝶は、そのまま祠に向かっていく。これで、屋根に止まってくれればようやく写真が取れる。そんなふうに思った時だった。石灯籠の方へ向かった蝶が突然目の前から消えてしまう。


「あれ?」


 蝶は石灯籠に中に入ってしまったのか。そっと、灯籠の穴の空いた部分を覗くが何も見えない。僕が灯籠の中に手を突っ込もうとした時だった。


「どうしたの?」


 突然後ろから声をかけられた。


「え?」


 それまで後ろに人が居たなんて全く気が付かなかった。僕はちょっと驚いて、慌てて後ろを振り向いた。


 すると、そこには一人の少女が首を傾げ、僕の方を見つめていた。僕はその少女の事を覚えていた。朝のラジオ体操の時に、遠くから僕たちのことを見ていた子だ。

 眼の前で見れば、やはり日本人じゃないんだろう。肩まで伸びた銀髪の髪に、蒼い目は思わず吸い込まれそうになるほど綺麗だった。夏らしく紺色のワンピースというシンプルな格好が、少女の美しさをより際立たせていた。


「えっと……。あの……」

「祠になにが?」

「え? あ、ああ。蝶が飛んでいて……」


 僕は、蝶が消えたことを思い出し、必死にそれを説明しようとする。だけど、少女は少し警戒したような顔で答える。


「蝶? どこに?」

「あの、本当に居たんだよ。だけど、突然っ……あ!」


 突然消えていた蝶が目の前に現れた。僕は驚きつつも、どうだ。と言わんばかりに少女の方に目を向ける。だけど、少女は困ったようにため息を付いた。

 僕は、少女の反応がよく分からず、困惑しながら灯籠に手を近づけると、灯籠にもう少しで触れるくらいの場所で自分の手が見えなくなった。


「え? なんだろう。ね。ほら不思議じゃない?」

「はぁ……。やっぱり認識阻害装置が古すぎなのよね」

「に、ニンシキソガイ?」

「ねえ、君はいくつ?」

「ぼ、僕は11歳だけど……」

「……どうするのよホントに。色々と壊れてるし……」

「えっと?」


 少女は僕の話を聞いているのか聞いていないのか、困ったようにブツブツと何かをつぶやいている。


「この星の人類には……。記憶改ざん処置は、16歳まで出来ないのよ?」

「き、記憶?」


 なんとなく言っていることがおっかない気がして、僕は知らずに後ずさりしていた。


「でも……。このままじゃ埒が明かないし。……困ったわ」

「えっと。じゃ、じゃあ。僕はあっちに……」

「いっそ、手伝ってもらおうかしら」

「な、何を?」

「君の名前は?」

「ぼ、僕? えっと……。栄太……」

「そう。栄太くん。私はラナ・ピューレ・ユリシカ・ダイン」

「や、やっぱり。外人さん?」

「まあ、外人と言えば外人ね。間違いなく」

「そうなんだっ。えっと。ラナ・ピュレ……?」

「ラナで良いわ。よろしくね」

「あ、あのう……」


 ラナと名乗った少女は僕の戸惑いなんて全く気にしないで、どんどんと話を進めていく。

 僕が困って戸惑っていると、スッと近寄ってきて灯籠に手を差し入れた。


「え?」

「これは、中の装置を周りから見えないようにしているだけなの」

「装置?」

「栄太くんも手を入れてみて、そっちからで良いから」


 抗えないまま、僕は言われたとおりに灯籠の中に手を突っ込む、すると何か丸いボールみたいなのがある。


「珠はさわれた?」

「う、うん」

「それをひねってみて」

「わ、わかった」


 少女の言う通りに灯籠の中で触れた珠状のものを掴んでひねってみる。


「……?」

「ふふふ。何も起こらないでしょ? これを私がやると……」


 今度は少女が灯籠の中で手を動かす。するとフォンという音とともに周りの色が青っぽくなる。


「え?」

「こっちよ」


 突然の変化に驚いていると、そのまま僕の手を握り引っ張る。そのまま少女は祠に向かって歩き出す。そして、ぶつかると思った瞬間、ニュイっと祠に吸い込まれるように中に入っていく。


 僕は腰が抜けるほど驚いていたが、祠の中に入った少女の手はまだ僕の手をしっかりと握っていた。そのまま引っ張られるように僕も祠に突っ込んでいく。


 ぶつかる瞬間。思わず目を閉じてしまうが、僕は何にもぶつかることなく。そのまま薄暗い部屋の中に居た。

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