第2話 夏休みのはじまり


 夏休みの朝はラジオ体操から始まる。

 朝の六時半という時間は、学校へ行く日の朝より早い。どうして休みなのにいつもより早く起きなくちゃいけないのかよくわからない。


 そんな子供の声は、大人たちの決めた大きな流れには逆らえない。当たり前のように母ちゃんに起こされて、僕は妹とダラダラと神社の境内に行く。これから三日間、毎日ここで朝のラジオ体操を行うんだ。


 母ちゃんや父ちゃんの時代は、夏休みの間毎日ラジオ体操をしていたっていうから、信じられない。


 神社の境内に行くと大斗が先に来ていた。


「おはよー」

「おはよー。望美ちゃんもおはよー」

「大ちゃんおはよ」


 温暖化と言っても、比較的標高の高い丸子町の朝は涼しい。

 父ちゃんが、毎朝早起きして畑仕事をしているのも納得できる。


 隼は違う子ども会になるので、違う場所でラジオ体操をしているんだろう。


 周りを見回せば、みんながみんな、しょぼしょぼの眼で、フラフラしながら腕を回している。それでも、ラジオ体操第二まで済ませば、流石に皆シャンと目を覚ます。


 係のお母さんにスタンプを貰えば、ラジオ体操は終わり。多分家に帰っても二度寝は出来ないなあ。なんて思いながら神社を振り返る。


 ――ん?


 神社を囲むように生えている、雑木林の中から一人の少女がこっちを向いているのが見えた。その姿がどうも違和感を感じ、思わずじっと見てしまう。


 少女は見たこともないような銀色の不思議な色の髪をしていた。外人さんなのだろうか。


「お兄ちゃん、帰らないの?」

「え? あ、うん」

「どうしたの?」

「ほら、あそこに外人の……。あれ?」

「外人? どこ?」


 望美に話しかけられ、一瞬目を離している間に、その少女はどこかに居なくなっていた。


 僕は狐につままれた気分で辺りを見るが、少女の姿は見当たらない。


「あれ……。気のせい?」

「まだ寝ぼけているんじゃないの?」

「うーん」

「いこ。お腹すいちゃった」

「うん」


 ……


 ……


 神社のあの女の子の事は謎のままだったけど。そんな事をいつまでも悩むほど僕は暇じゃなかった。夏休みの宿題。学校のプールの開放日。自由研究。そしてお祭り。


 心を向ける事が多すぎなんだ。


 夏休みの宿題での一番の難題は自由研究だ。

 まだ、二年の望美は自由研究は義務じゃないからやらないみたい。



 僕は、大斗の家の二階で隼と一緒にあつまっていた。皆でとっとと宿題を終わらせようということで、大斗の発案なんだ。

 でも、大斗が僕たちを集めた目的は皆で勉強をするっていうより、隼だって知っている。


 隼は三人の中で一人だけ塾にも行っているし、頭もいい。つまり。夏休みの宿題のむずかしいところは隼だよりって事。僕が呼ばれたのは、なんていうか。友情出演ってやつだ。


「げ、隼もう五ページなの? 早すぎ」


 ちょうど詰まったところで、隼の答えを覗き見ようとした僕は、隼が全然違うページをやっていることに気が付く。


「だって、栄太と大斗は、話してばっかじゃん」

「えっと。大斗が話しかけてくるんだよ」

「何言ってるの。栄太が話したそうにしてるんじゃん」


 と、そんな感じ。

 集中力も隼には適わないけど。まあ、お互いの情報交換も必要なんだ。

 情報交換の議題は、ズバリ自由研究。なんとなく分かっているんだけど、隼にも聞いておこうかなと。


「そういう隼は自由研究って今年も?」

「うん。ペルセウス流星群」

「三年目?」

「まあね」

「いいのかな?」

「良いも何も、毎年の統計が取れれば、年によっての流星の数の差が分かって面白いじゃん」

「でも一日で終わるのっていいよなあ」

「賞は狙ってないからなあ。あ、でも来年で四年間のデーターを集めればそれなりに形になるんじゃないかな」


 そういうことだ。模造紙にペルセウス座流星群の解説を書いたりしてボリュームはそれなりになっていたけど、流星群の極大の日にちょっと夜更かしして数を数えるだけ。去年も一昨年もやっていたけど、解説の内容は別のことを選んでいた。四年分も違う事を解説で書くなんて、ちょっと僕にはできないと思う。


「栄太は昆虫?」


 大斗が隼の宿題帳をめくりながら聞いてくる。


「虫っていってもなあ。去年やっちゃったし」

「ああ、ミンミンゼミとアブラゼミどっちが多いか。だっけ?」

「あれも結構大変だったんだよ。色々山の中歩きまくって」

「ははは。確かに」



 結局僕は、自由研究の事を何も決めらぬまま、お昼の時間になったため大斗の家での宿題は解散となる。


 僕は帰り道も、ずっと悩んでいた。

 僕の悩みは家に帰っても続いている。


 家に帰ると、キッチンで母ちゃんと望美がスマホを見ながら料理をしていた。

 夏のこの時期は毎日の食事に家で収穫した野菜が大量に出てくる。毎日同じ野菜を食べるため、だんだんと僕たち兄妹も「えー。またー?」って反応になってしまうんだ。


 たぶん、それだからなんだろう。母ちゃんはインターネットでいろんな料理の作り方を調べて、毎日少しづつ新しい料理を作ってくれる。


「何を作ってるの?」

「きゅうりの……冷や汁?」

「冷や汁?」


 この時期の一番の難敵はキュウリだ。家はキュウリの出荷はしていないんだけど。自分の家の分だけ育てている。だけど、キュウリは毎日毎日飽きもせずに新しいキュウリの子供が生まれ、どんどんと大きくなっていく。


 ちょっと目を話したスキに、オバケみたいに大きくなって食べれなくなってしまうことだってある。


 そんな感じで、毎日取れるキュウリの食べ方をインターネットで調べているんだ。


 でも母ちゃんは、母ちゃんなりにハマっているらしく、結構楽しそうだ。インターネットの世界には僕たちの知らない色々なレシピがあるのよって。

 それで、今は夏休み中に家にいる妹といっしょにいろんな料理を作るつもりだって。


「母ちゃん、padは使わないの?」

「いつも手元にスマホがあるからね。結局あまり使ってないわね」


 確か、家でスマホを見ているなら画面の大きいPADが良いと言って買っていた気がするけど。結局スマホのほうがすぐに見れるからって、そっちばかり使っている。


 僕は、棚の上に置かれて、大人しくしているPADを見ていて、ふと思いついた。


「母ちゃん。じゃあさ。ちょっとPAD貸してよ」

「え? なにするの?」

「PADのカメラで色々撮ろうかなって」

「写真?」

「そう。自由研究で写真を撮ろうって思って」

「自由研究かあ、何をするか決めたのね?」

「完全には決めてないけど、ちょっと試してくる」


 今、頭で考えているのは色んな虫を見つけて写真を取ること。

 あまり広い地域だと大変だから。星の宮神社の周りの雑木林だけに限定して、何種類くらいの虫がいるか、被ったりしないように、見つけたらどんどん写真を取ってみようかなって事。


 思いつくとずいぶんと良い研究かも知れないと思い始めた。

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