祭り囃子は、銀河を超えて。

逆霧@ファンタジア文庫よりデビュー

第1話 夏

 僕の住んでいる町は、丸子町っていうんだ。


 山に囲まれた、小さな田舎町で、人もそんなに多くない。

 テレビで出てくるような、東京とかにある大きなビルなんてない。一番大きいのは町外れの温泉場に一つだけ立ってる旅館。そんな、田舎の地味な町だけど。一つだけ僕がこの町で気に入っていることがある。


 それは一年に一度の夏祭り。僕だけじゃない。子供たちも、大人たちも、皆楽しみにしているお祭りがある。星の宮神社のお祭り。



 僕たちの町には星の宮神社奥宮という大きな神社がある。

 奥宮、ってついているだけあって、他にも本宮と、前宮の二つがあるんだ。


 前宮は、隣の塩田町にあって、本宮は丸子町と塩田町のちょうど間にある鞍掛山の山頂にある。


 だからお祭りは、僕の町だけじゃなく、隣町との合同で行われる。塩田町の前宮と丸子町の奥宮の両方の神社からお神輿を本宮まで運ぶというお祭り。


 お神輿は酒樽を塔のように積み上げたお神輿で、毎年作られる。

 お祭りの二週間くらい前から、大人たちが毎晩神社に集まって、手作りでお神輿をつくりあげる。

 父ちゃんも、祭りの準備が始まると、毎日楽しそうに神社へ向かう。

 母ちゃんは「お父さんは、神輿を作りに行っているのか、仲間とお酒を飲みに行っているのかよくわからないよ」なんて言う。


 父ちゃんが帰って来る時間には寝てることも多いけど。確かに帰って来る父ちゃんを見ると顔は真っ赤で足取りもフラフラだ。


 でも、それが楽しそうで、僕もちょっとうらやましく感じちゃう。



 そして、今年も今少しづつ祭りの準備が始まっていた。街中に紐が張り巡らされ、紐には御弊と言う白い紙の飾りがぶら下がっている。

 僕たちが学校へ行っている間に、大人たちが少しづつ飾りつけをしている。


 そして、その学校も今日でおしまい。


 明日からは待ちに待った夏休み。僕たちはいつも以上に大量の荷物を両手に持ち、家に向かって歩いていた。

 一緒に横で大量の荷物を手にしているのは、友達の如月隼と、奥村大斗だ。


 歩いていると隼が聞いてきた。


「栄太は夏休みどこか行くのか?」

「父ちゃんの仕事があるからなぁ。家は駄目かも。隼は?」

「俺は、お盆におばあちゃんの家に行くくらいかな……」

「そっか良いなあ。隼の母ちゃんの実家って、東京なんだろ?」

「東京じゃなくて、千葉だけどね」

「十分だよ。新幹線乗るんだろ?」

「まあね」


 隼の父親は高校の先生をやっている。なんでも夏休みは顧問をしてるサッカー部の合宿とか練習試合があるらしく、あまり遊べないらしい。毎年夏休みや冬休みに母親が隼を連れて千葉にある実家に遊びに行くのが恒例だ。


 僕はそのまま隣りにいる大斗に同じ質問をする。大斗は学年でも一番背が高い。こうやって質問をするときも、思わず見上げて訊ねるので首が痛くなる。


「大斗は、どこかいくの?」

「父ちゃんは海にでも行こうかって行っていたけどなあ……」

「うわ。海も良いなあ」

「でも、店があるから日帰りかも」

「泊まりで何処か行きたいよね」


 大斗の家は、自転車屋だ。僕の乗っている自転車も、隼の乗ってる自転車も大斗の家で買ったものだ。


 最近はホームセンターとかで安い自転車が売ってるから、お客さんが減ってるみたい。って大斗は言っていたけど。大斗の自転車屋は、レースに使ったりするようなヨーロッパのすごい高級自転車も扱っているお店で、町の外からもお客さんが来るって父ちゃんから聞いている。

 

 そして僕の家は農家だ。夏は特に忙しくて夏休みどこにも連れて行ってもらえない。その代わり冬休みとかに旅行へ連れてってもらうから、良いのかなって思ってるけど。


 だから、僕にとっては星の宮神社のお祭りは夏休みの一番のイベントなんだ。


 家に帰ると荷物を玄関に放り投げ、そのまま冷凍庫からチューチューアイスを取り出して再び外へ出る。


 この時間は、たいてい父ちゃんも母ちゃんも倉庫に居る。今はとうもろこしの収穫が大忙しで。この暑い時間帯は、倉庫で収穫したとうもろこしの選別とか梱包をしている。

 たまには手伝いもするけど、父ちゃんも母ちゃんも、子供は遊べ。といつも言っているので、あまり仕事を手伝ったりはしない。


 倉庫へ行くと、両親の横にあるテーブルでは妹の望美も椅子に座って何か一生懸命書いていた。望美は絵を描くのが好きで、いつもここでお絵かきをしてる。


「兄ちゃん。おかえり」

「ただいま」

「あ。チューチュー。半分頂戴よ」

「しょうが無いなあ……」


 望美は目ざとく俺の手にあるチューチューアイスに気が付き、半分くれと催促してくる。僕は少し抵抗を見せるけど、これはいつもの事だ。

 結局は、ポキンとアイスを真ん中で割って、望美に差し出す。


 望美は嬉しそうにそれを受け取ると、チューチューとしゃぶり始める。アイスが終わる頃に母ちゃんが聞いてくる。


「二人、モロコシ食べる?」

「いるー」

「僕もお腹ペコペコだぁ」

「じゃあ、お勝手に茹でたのあるからとっておいで」


 お勝手か、それじゃあ……。

 

 僕が妹の方をちらっと見ると、妹も意味深な眼でこっちをみる。


「望美。とってきて」

「えー。お兄ちゃんがとってきてよ」

「だって、チューチュー半分あげただろ?」

「それはそれ。これはこれ」

「うーん。ジャンケンで」

「オッケー」


 これもいつもの会話だ。そして、今日は僕が勝利を掴む。


「はい、お兄ちゃん」

「ありがとう」


 妹が取ってきたとうもろこしを、二人でむしゃむしゃと食べ始める。


 この倉庫は、前はただ収穫物を集めて作業するだけの倉庫だったのだけど、僕や妹が学校から帰ると入り浸るようになって、だんだんと色々な物が持ち込まれていった。


 キャンプ用のテーブルとかが常に置いてあって、ここで宿題することだってある。隅においてある穴の空いた古いソファーは僕の特等席だ。


「母ちゃん。なんであんな一杯とうもろこし茹でてるの?」


 望美が不思議そうに訊ねると、母ちゃんが答える。


「お父さん、今日神社に行くから。とうもろこしを差し入れに持っていけばいいかなって」


 家はとうもろこしを作ってるから、売るほどある。その中で売り物としては少し出来が悪いものを、家で食べたりしている。神社に持っていくのもそういうやつ。

 話を聞いていた父ちゃんが、その母ちゃんの言葉に付け足す。


「とうもろこしじゃ酒のつまみに成らないからな。かき揚げにするんだ」

「かき揚げ! 望美も食べたいっ!」


 母ちゃんの作るとうもろこしのかき揚げは最高に美味しいんだ。僕も妹も大好物だ。

 でも僕にとってはそれより、別のことが気になった。


「え、父ちゃん今日から? 神輿作るの」

「おう。ま、今日は作業じゃなくて安全祈願の会だけどな」


 嬉しそうに答える父ちゃんに、母ちゃんがチクリと言う。


「お酒飲みにいくだけよ」

「ははは! 否定できねえな」


 ……そうか。夏休みだもんな。もうお神輿作りが始まるんだ。


 子どもの僕は神輿作りには参加できないけど。ワクワクが大きく膨らんでいた。

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