読むのをやめたページ

 そこからはもう知ってのとおりです。僕は逮捕され、死刑判決を受けました。ですが、僕は、その頃には死にたくないと思っていたので、控訴しました。弁護士にも、死刑だけは回避してくれと懇願しました。ですが、僕は死刑になりました。

 絶望しましたよ。僕は死ぬんだって。嫌だ。絶対に嫌だって。

 人を二人も殺しておいてよくそんなことが言えるなって。思いますか。わかりますよ。僕も犯罪者になる前はそう思っていました。人を殺しておいて、死にたくないなんて、何を考えているんだって。さっさと死ねって。

 でもね、いざ、自分がその立場になってみると、やはり怖いですよ。納得出来ないですよ。だって、僕にだって言い分はあるんですよ。言いたいことはあるんですよ。そりゃ、悪いのは圧倒的に僕ですよ。それは間違いないです。でも、話くらいは聞いて欲しいんですよ。同情しなくてもいいので、とにかく僕の意見も聞いて欲しいんです。

 だって僕だけが悪いわけじゃないでしょ?

 親が僕をもっとイケメンに産んでくれていたら、女に苦労することなくマッチングアプリなんて使う必要がなかった。小中学校の時、酒井や田村や池上にイジメられていなかったら、こんな歪んだ性格にはならなかった。中学の時、罰ゲームで告白させられた、白山に、「ありえない、マジキモい」と言われなければ、いわゆる、青春時代にまともな恋愛が出来て、彼女いない歴年齢なんてコンプレックスを抱かずに済んだ。上げれば、キリがないんです。殺人を犯したのは僕ですが、僕だけが裁かれるのは理不尽です。だって、あいつらだって裁かれるべきじゃないんですか? 親や酒井や田村や池上や白山だって、恵奈の両親を殺した犯人である僕を作り上げた原因ですよ。あいつらがいなかったら今の僕は形成されていないんですから。だったら、あいつだって、殺人犯と変わりないですよ。共犯みたいなもんです。

そもそも、恵奈だって、一度くらい返信してくれたっていいじゃないですか。だから、恵奈にも原因はあると思います。恵奈の両親が死んだのは、恵奈自身にも原因があると僕は思っています。

 顔が怖いですよ。怒っているんですか。そうでしょうね。腹立つでしょうね。でも、僕はなんとも思いません。

 怖いですか? 意味が分からないですか? どっちなんですか? まあいいや。続けますね。

 死刑判決を受けてから僕は苦しみましたよ。毎日眠れませんでした。何とか判決が覆らないかと必死で祈りましたよ。死にたくない。もう一度恵奈に会いたい。どうしても会いたいって。おかしいですか? 僕は真剣でしたよ。でも、どうにもならなかったのです。

 独房での生活は退屈でした。なので、時間がつぶれる読書は最適でした。今までまともに本を読んだことがなかったのに、読めるようになりました。子どものころ両親から、ゲームばかりしていないで本を読めと口うるさく言われていましたが、まさか死刑囚になって読書家になるなんて、皮肉なものです。

 有り余る時間の中で読書をしていると、次第に自分でも書いてみたいと思うようになりました。僕は原稿用紙を差し入れてもらい、そこへ物語を紡ぎ始めましたが、そこで初めて気づきました。頭の中で思いついているこの壮大で完璧な物語を文字に起こすことがどれほど困難なのかを思い知りました。

 僕は行き詰まりました。書きたいことがあるのに、書けない。伝えたいことがあるのに、伝えられない。もどかしくて、やるせなくて、腹立たしかったです。

 なので、僕は物語を書くことを諦めました。代わりに日記を書くことにしました。日記なら、物語ではなく、今の自分の気持ちを正直に綴ればいいと思ったので物語よりかは、ハードルが低いと考えたのです。

 僕は日記帳に、行き場のない怒り、やるせなさを書きなぐりました。すると、少し楽になりました。だが、次第にそう思えなくなっていきました。頭で思っていることに手の動きが追い付かないのです。

 溢れんばかりの怒りがどす黒い竜巻のように脳内を暴れ狂っていても、そのすべてを右手が文字として表現してくれないのです。書き始めて早々に腐乱死体な文字が入り乱れ、次第に自分でさえ文字として認識できない形になり、最後の方はページを真っ黒に塗りつぶしてしまうのです。僕は何冊も日記を書きました。刑務官には精神状態を疑われ、調べて見たらいたって正常でした。

 そして僕は日記に文字を書くのをやめました。頭の中で渦巻く感情をそのまま右手で表現しました。目をむき、涎を垂らし、うめき声を上げながら、四方八方に線を引き、それがやがて牙が無数に生えた怪物に見えてきたら、塗りつぶして、その上から見えない、無数の牙が生えた怪物を書いて、また消して、破り捨てました。

 そんなことを繰り返していたある日、新しい日記とペンを渡してくれた刑務官が言いました。次、こんなことをしたら、日記もペンも貸し出さないと。

 僕は絶望しました。日記を書くことを止めるなんて考えられない。だが、この書き方が出来ないなんてもっと考えられない。日記を受け取る私の手は震えていました。刑務官の目を見ることが出来ませんでした。どうなんだ? と訊かれても頷くことしか出来ませんでした。

 僕は日記を胸に抱きしめ、どうすればいいのか考えました。考えて、考えました。そして、答えにたどり着きました。僕自身が日記になればいいと。そうすれば、思いのままに、心の内を吐き出し、書きなぐり、ぶちまけられると。

 僕は必死に願いました。僕を日記帳にしてくださいと。寝る前はもちろん、日中も、夢の中でさえも祈っていました。はい、完全に狂っています。でも、狂えたからこそ、よかったのです。狂いに、狂ったからこそ、どういうわけか奇跡が起こり僕の願いが叶ったのです。それは、この日記帳を読んでいるあなたが証明してくれるはずです。

 驚いているでしょうね。昨日までいたはずの死刑囚が消えて、代わりに日記帳だけが残されている。そして、その日記帳に次から次へと文字が浮かんで、ページが文字で埋め尽くされると、勝手に捲れるんですから。どうですか? どんな気持ちですか? 怖いですか? どうなんですか?

 僕は今、あなたの顔が見えていますよ。どういう理屈かわかりませんが、見えています。

 ああ、日記を閉じられましたね。でも、あなたの姿は見えていますよ。どこへ行くんですか。まあ、そのことはあなたにはわからないでしょうが。それに、未だに文字はページに現れ続けています。そして、ページは無限に増えていくようです。だって、僕はあなたが僕を見つけるまで、朝までずっとこの日記に思いを綴っていたのですから。まさに、終わらない物語です。

 おや、大勢やってきましたね。怒鳴り声が聞こえています。そうです。声も聞こえているんです。どういう理屈なのかはわかりませんが。

 ああ、また開いてくれましたね。どうもありがとうございます。

 破っても無駄ですよ。ページは無限に増えるんです。言ったじゃないですか。ああ、そうか。閉じられている時に言ったから知らないのか。すみません。

 だったら燃やせばいい。確かにその通りですね。それは名案です。

 どうぞ。燃やしてください。僕はもう何も怖くないです。だって、僕は確信していますから。燃えて灰になって風に乗れば、いつか恵奈に会えると。

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僕、日記 藤意太 @dashimakidaikon551

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