さらに次のページ
半年間毎日メッセージを送り続けましたが既読は一つも付きませんでした。僕は、メッセージを送れば返って来ていたころのやりとりを見て、やりきれない気持ちをごまかしていました。ですが、過去のやりとりを見れば見るほど、今がどうしようもなく不幸で辛くて、やりきれなくなりました。
どうしてこうなってしまったのだろう。何が間違っていたのだろう。僕は考えました。答えはすぐに出ました。生まれたからこうなったのだと。掠れた笑いが出たのを覚えています。
もういいや死ぬか。そう決意しました。心がフッと軽くなりました。でも、最後に恵奈に会いたくなりました。そして、恵奈にとって忘れられない存在になりたいと思いました。
僕にとって恵奈は特別な存在でした。だから、僕も恵奈にとっての特別になりたいと思いました。別におかしなことではないですよね? 巷に溢れているラブソングはだいたい、そう言ってるじゃないですか。だから普通だと思います。
でも、僕は恵奈にとっての特別にはなれないのです。だって、拒絶されていますからね。もうこちらからの連絡に答えてくれないのは明白です。会うことなど絶対に出来ないでしょう。だから、特別になるため、忘れられない存在になるためには、ぶっ飛んだ手段を取るしかないのです。なので、僕は彼女の家で死ぬことにしました。
理解できないですか? わかりますよ。僕も冷静に考えれば、頭がおかしいと思います。でも、その時は真剣だったのです。彼女の家で喉をナイフで切り裂いて、血の海の中で息絶えることにより、彼女の記憶の中に永遠に刻み込まれようと考えたのです。
半月後の深夜、僕はネットで買った死ぬためのナイフと忍び込むためのガラスカッターを持って、恵奈の自宅前にいました。恵奈がその時、友人たちと温泉旅行に行っていたことなど全く知らずに。
溶けたアイスクリームみたいな月が浮かんでいたのを覚えています。僕は日付が変わる少し前にガラスカッターで窓を切ろうとしましたが、上手くいきませんでした。不快な音ばかりが響くだけで、ちっとも上手く切れないのです。焦った僕は、ガラスカッターで窓をたたき割りました。大きな音が鳴りましたが、中へ入ることは出来ました。しかし、当然、住人は目を覚ましました。恵奈の母親でした。
明かりがついたリビングに立つ僕を見て、悲鳴を上げ、腰を抜かしながらも這いつくばって逃げようとする恵奈の母親を追いかけ、僕は、無意識のうちに自殺用のナイフを彼女の首に突き刺していました。吹き出る血を浴びながら、僕は何度も何度も彼女の首を刺しました。最後の方は千切れそうになっていました。もうナイフは使い物にならなくなっていました。
代わりのナイフがいるな、と僕は思いました。僕は台所へ行き、包丁を探しました。包丁はすぐに見つかりました。
これで喉を切って死のう。そう思いましたが、僕が用意したナイフよりずっと刃渡りがあり、重たかったので、躊躇してしまいました。すみません、正直に言います。怖かったのです。こんなもので首を切れない。そう思ってしまいました。
僕はその場で座り込み、途方にくれました。人を殺してしまった。頭では理解していましたが、現実味がありませんでした。陳腐な表現で申し訳ないのですが、本当に夢なんじゃないかな、って思いました。もうすぐ目が覚めるのではないか、と本気で思っていました。でも、どれだけ目を強く閉じて開いても手には包丁が握られているし、リビングには血まみれの恵奈の母親が倒れていました。
しばらくすると、玄関のドアが開く音がしました。恵奈の父親が帰って来たのです。その日は、可愛がっていた後輩が大きな契約を取ってきたので、お祝いをしていたそうです。何件も飲み屋を梯子し、キャバクラへ行って、とても盛り上がったそうです。これは、あとで刑事さんに教えてもらったことです。
タクシーで帰ってきた恵奈の父親が血まみれの奥さんに気が付き、悲鳴を上げました。そして、警察と救急車を呼んでいる声が聞こえてきました。
「妻が血まみれで倒れている」「ガラスも割られている」「とにかく早く来てくれ」
慌てふためき、喚き散らしていました。僕の心臓は張り裂けんばかりに鼓動していました。身を縮め、包丁を握り閉め、ブルブル震えていました。
もう終わりだ。目を閉じると、深いため息が零れました。全身が透明になっていくように、力が抜けていき、フワフワと浮かび上がるみたいに立ち上がりました。手には包丁が握られています。今にも落ちそうなくらい弱い力で握っていました。
僕はリビングへ行き、警察へ連絡している恵奈の父親の背中が目に映った瞬間、包丁を握る手に力が入りました。僕は、背後から包丁を突き立てました。首と言うよりもほとんど後頭部でした。恵奈の父親はうめき声をあげ、前のめりに倒れ、テーブルに顔面を打ち付けました。恵奈の父親は、そこから動かなくなりました。僕は包丁を自分の首元へ当てました。少しだけ切ってみて、包丁を投げ捨てました。ひっかいた程度の傷口から垂れる血を押さえながら、僕は声を上げて泣きました。何でこんなことになってしまったのだ、と心の中で叫んでいました。どうにかしてくれ。なんとかしてくれ。意味が分からない。助けてくれ。そんな思いでいっぱいでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます