第五章 実現できなかった未来を今世で

第31話 卒業まで、あと半年

 夏休みが終わり、二学期が始まった。二学期のメインイベントは、十月に行われる文化祭。

 私のクラスは大学を受験する人がほとんどなので、クラスの催し物にやる気を出さないだろうと思っていた。

 しかし、甘かった。来年の夏にアメリカに渡る、北山麻衣。将来はイベント会社で働きたいという、村上むらかみ暁斗あきと。お祭り好きの、澤田さわだ結愛ゆあ

 この三人がリーダーとなって、二択ウルトラクイズをすることになった。


 放課後の教室。ポンポンを作る麻衣の横で、私は帽子にハテナマークのフェルトを縫いつけている。


「なんで私が、ヘンテコ帽子を作らないといけないのだ!」

「友那って、裁縫が上手だね。良い奥さんになれるって、冴木先生にアピールしてあげようか?」

「よろしく!」


 二択クイズに正解するとポンポンを持った部隊が喜びのダンスを舞い、不正解だと槍を持った悪魔部隊が不正解者を突くことになっている。

 私は小道具係。ネットで安く買えるものは注文し、お金がかかるものは手作りした。

 そうして準備が整って、小道具係から解放されたと思いきや。村上暁斗が、司会者が被るシルクハットに『?』マークをつけてほしいと言いだした。

 そういうわけで私は、フェルトを切り抜いて作ったハテナマークをシルクハットに縫いつけている。


「暁斗め! 末代まで呪ってやる!!」

「ねぇ、アッキーと付き合ってみたらどう? 冴木先生に相手にされていないんでしょう?」

「十分に相手にされている。話しかけたら、話してくれる」

「ポジティブだね。今度は何年、片思いするわけ?」

「先生が死ぬまで」

「うわっ、重い! アッキー、この子をどうにかしてあげて!」

「呼ばないでよ! なんでチャラ男を勧めるの⁉︎」

「だって、アッキー。友那の受験が終わるまで待つって言ったんでしょう? 去る者を追わない主義のアッキーが、初めて女子を追いかける気になったんだよ。友那なら、アッキーを改心させられる」

「ヤダヤダ!」

「ま、冗談はさておき……」


 麻衣は体を寄せると、ポンポンで口元を隠しながら囁いた。

 

「このモテ期を利用して、冴木先生を嫉妬させちゃおうよ」

「うわっ⁉︎ なんていう小悪魔発言! 麻衣ってそういう人間だったの⁉︎」


 麻衣は完成したポンポンを振りながら、


「小悪魔ではありません。私は愛の伝道師です」


 なんて、おちゃらけている。

 麻衣の呼びかけに反応した暁斗が、クラスメートと二択クイズを考えていた輪から抜けてきた。

 村上暁斗は、顔が良い。スタイルも良い。口もうまい。そのうえ足が早く、陸上で有名私立大学の推薦枠を掴み取った。

 その暁斗に、二学期が始まってすぐの頃。


「加瀬先輩と別れたって本当? だったら、俺と付き合ってよ」


 告白されたけれど、その場で断った。

 しかし噂が広まり、一部の女子から「暁斗くんを振るなんて生意気!」と睨まれている。付き合わなくても嫉妬されるなんて、理不尽すぎる。

 

 暁斗は私の前の席に座ると、女子たちが歓喜の悲鳴をあげそうなほどの爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「呼んだ?」

「呼んでいない」

「はーい、私が呼びました! ねぇ、アッキー。友那に、あれやってあげてよ。十回クイズ」

「いいよ」


 暁斗は屈託のない返事をすると、色素の薄い瞳で私を見つめてきた。その柔らかな視線に応じることなく、私は針を動かし続ける。

 

「好きって、十回言って」

「スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ」

「ありがとう。俺もゆうちゃんのこと、スッゲー好き」

「ふーん」

「もう一回。好きって十回言って」

「スキスキスキスキスキスキスキスキスキ」

「キスしたいの? いいよ、キスしよう」

「麻衣。こいつのこと、都川に流してくれない?」

「了解」

「ひっでー!」


 もはやネタである。


 暁斗は、来るもの拒まず去るもの追わずな恋愛をする。私は正反対に、来るものを拒んで去るものを追いかける傾向がある。どちらもダメ人間。


 暁斗は頬杖をつくと、不服そうに唇を尖らせた。

 修哉は不貞腐れた顔をすると、迫力があって怖かった。しかし、真のイケメンである暁斗は、不貞腐れてもかっこよさが損なわれない。感心する。


「ゆうちゃんって、塩対応すぎない? 好きの裏返し?」

「そのご自慢の顔に、針を刺してあげましょうか? イヒヒヒヒ」

「うわっ⁉︎」


 針の先を暁斗に向けると、彼は大袈裟にのけぞった。周りにいた生徒たちから笑いが起こる。

 

 文化祭なんて、めんどくさい。そう不満を漏らしていた生徒たちも、居残っている。

 皆、わかっている。卒業まであと半年。けれど、三学期は学校に来なくていいので、全員で顔を合わせる時間はカウントダウンに入っている。なんでもないような一日でも、三年生にとっては貴重な時間。

 冴木先生の顔を毎日見られるのも、冬休み前まで。それを考えると、鼻の奥がツンとする。


 ハテナマークがついた帽子が完成した。それを暁斗に手渡し、裁縫道具を片付ける。


「ゆうちゃん、ありがとう。お礼に一緒に帰ろう」

「それ、お礼になっていない。今度、飲み物を奢ってよ」


 私はクラスメートに下校の挨拶をすると、一階にある自販機に向かった。紙パックの飲み物を六つ買って、階段を駆けのぼる。

 目指すは、三階にある新聞部の部室。

 新聞部の顧問である井上先生が、病気で長期間休むことになった。代わりに顧問になったのは、冴木先生。

 顧問になるのが遅すぎる、と神様に文句を言いたい。

 正式に新聞部を引退したわけではないけれど、新聞部の活動は一、二年生に移っている。三年生は引退したも同然。

 

「もうちょっと早く顧問になってくれたら、取材とか校正作業を一緒にできたのに! 神様の意地悪ーっ!!」


 私は九月の半ば頃、湿疹に悩まされた。医者も母親も、受験勉強のストレスだと言った。

 それもあるとは思う。だが私は、冴木先生への恋心を抑えていることがストレスだと考えた。

 私には修哉先輩と同じ高校に入るために勉強を必死に頑張って、今の高校に入った成功体験がある。


「恋する気持ちを我慢するんじゃなくて、勉強の着火剤にすればいいんだ! ストレス解消にもなるし、成績もあがる。一石二鳥!!」

 

 そう決めた途端。湿疹が治って、勉強に集中できるようになった。

 そういうわけで、着火剤を補給すべく、時間を見つけては新聞部の部室に顔をだしている。


 


 


 

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