第25話 先生は婚活中?

 冴木先生が、婚活……?


「本当に婚活? 違うんじゃない? ネットのゲーム仲間っていうヤツかもよ」

「あぁ、そうかもね」

「でしょー! 絶対にそうだって! だって前に、結婚願望がないって言っていたもん。それなのに婚活だなんて、変!!」

「なに? 冴木先生のこと好きなの?」

「へ?」


 私は前髪をもしゃもしゃと掻くと、前のめりになっていた体を戻して、椅子の背もたれに寄りかかった。

 吐息とともに動揺を吐きだして、冷静に答える。


「そんなことない」

「ふーん……」


 麻衣は納得していないようだが、追及はしてこなかった。鞄からスマホを取りだして、友達にメールを打ち始めた。

 私は麻衣の気が逸れたのをいいことに、二人を観察する。

 もしも婚活だったとしても、相性が合わなければ、これにて終了。結婚には至らない。

 私は二人の様子から、合うか合わないかを探ることにした。

 

 女性はおっとりとした容姿をしているが、笑い方や、髪を耳にかける仕草や、運ばれてきたパスタを受け取る動作など、すべてがおっとりとしている。

 彼女の緩慢な動きは私には焦ったいが、冴木先生はどう思っているのだろう?

 私は目がいい。両目とも1.5。離れた場所からでも、先生の表情がわかる。

 先生の横顔を観察するに、デートに浮かれている感じはしない。だが、緊張している様子もない。自然体だ。女性の癒し効果によって先生がリラックスしているのだとしたら、ますます嫉妬してしまう。

 口の動きを見るに、彼女が話し役で、先生は聞き役。

 

「見過ぎ!! 気づかれるって!」

 

 私の横顔を麻衣は両手で挟むと、真っ正面に戻した。


「そんなに気になる?」

「別にぃー……。挨拶に行ってもいいと思う?」

「はぁ? 邪魔しちゃダメでしょ!」


 パスタが運ばれてきて、私はフォークを持った。しかし、食欲が湧かない。

 冷凍していた焼きおにぎりで簡単に朝食を済ませてきたから、空腹の胃が鳴っている。それなのに、食べる気になれない。

 

「どうしたの? 具合が悪い?」

「そういうわけじゃないんだけど……。いまいち食欲がない」

「元気がない友那なんて珍しい。もしかして……」


 麻衣は、冴木先生がいるほうをチラッと見た。


「モラハラ先輩の反動で、優しくて大人の冴木先生が好きになっちゃった?」

「そんなことない」

「冴木先生って、一部の女子に人気があるらしいよ。告白を考えている子もいるって」

「えぇっ⁉︎ 嘘でしょー!!」

「あれぇ〜? 動揺している? なんとも思っていないなら、そんな反応するかなぁ? あーやしいな、あやしいな」


 あやしいなソングを歌う、麻衣。

 しまった。はめられた。さすがは新聞部の部長。核心を嗅ぎつける能力に長けている。それとも、私がちょろいだけ?

 誤魔化すために、猫舌に優しい温度になったカルボナーラを口に入れる。


「あ、やっぱりカルボナーラじゃなかった。夏バテしている胃に、こってりクリームってきついわ。麻衣と同じ、トマトの冷製パスタにすれば良かった」

「で、冴木先生のこと、好きなの?」

「話を戻さないで」

「戻す。白状しろ」

「……違う」

「へぇー、そうなんだ。残念。好きなら、協力してあげようと思ったのに」

「協力……。ほ、ほんのちょっと、ほんのちょっとだよ? 気になるっていうだけ。恋しているとか、そんなんじゃない」

「それって、加瀬先輩のときと同じじゃん。なんだか気になる。が、恋の始まりだったんでしょう?」


 麻衣と知り合ったのは、高一。クラスが同じだったが、それよりも、新聞部の部室で顔を合わせたのが友達になるきっかけだった。

 麻衣は、しっかり者で勉強ができる。頭の回転が早くて、社交的。

 修哉の好きなタイプだと知っていた私は、牽制する意味合いで、修哉に片思いしていることを麻衣に打ち明けた。そのときに、


「最初はちょっと気になるって程度だったんだけど、目で追いかけているうちに、修哉先輩しか見えなくなっちゃんだよね」


 と話した。当時の他愛ない会話が、まさか二年後の自分の首を絞めるとは。麻衣の記憶力、恐るべし!


 私はフォークでくるくるとパスタを巻くと、諦めのため息をついた。白旗をあげるしかない。


「誰にも話さない?」

「もちろん」

「……うん。冴木先生のこと、好き。最初は、話しやすい人だって思って、それからどんどん良いところが見えてきて……」

「そっかー。先生はどんな感じ?」

「生徒としか見られていないって感じ。脈ナシ」

「ま、そうだよね」


 先生の座っているテーブルに顔を向けると、ちょうど、先生と連れの女性が立ちあがったところだった。

 私もすかさず、立ち上がる。


「行くよ!」

「はっ?」

「尾行する!!」

「えーっ⁉︎ やめなよ!! バレたら怒られるって!」

「私、行くね!! 麻衣はごゆっくり」 

「え、ちょ、ちょっと⁉︎」


 麻衣は急いでパスタを食べ終えると、会計をしている私のところに来た。

 二人で店を出て、駅ビルのある方角に向かったものの、人混みの中に先生の姿を見つけることはできなかった。

 

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