第26話 受験生と恋愛

 私たちは先生を探すのを諦めて、ゲーセンに入った。

 本当はこんなことをしている場合じゃない。家に帰って勉強をしなくてはいけない。

 けれど、ひどくむしゃくしゃしていて、このまま家に帰っても参考書を広げる気になれない。


 私と麻衣は、射的ゲームに挑んだ。ゲーム機の画面は、お祭りの屋台。銃で、棚に並んでいる景品を狙う。

 銃口から発射されるのはコルク。これは画面上での話であって、実際にコルクが発射されるわけではない。

 私はお菓子に狙いを定め、銃を打った。コルクはお菓子に当たった。だが、棚から落ちない。それならばと二発打ったのに、それでも倒れない。

 画面に『メダルを投入してね』との文字が表示された。


「くっそー! 負けらない戦いがここにある!!」


 私はコインを全部投入すると、玉をロケット弾へと変えた。

 コルクに必要なコインは二枚。銀玉は五枚。ロケット弾に必要なコインは十枚。元を取るには、点数の高い景品を狙うべし。

 そういうわけで私は、ドクロを狙った。


「うりゃうりゃあー!!」


 弾が当たったドクロは「ワーハッハッハ」と、ロケット弾など我が敵ではないと言わんばかりの不敵な笑い声をあげた。

 ドクロを狙い撃ちにしているうちに、コインはゼロになってしまった。結局、ドクロを倒せずじまい。


「こうなったらとことん戦ってやる! コイン、買ってくる!!」

「本気になるのはやめなよ。お金の無駄遣いだって」


 麻衣は順調にコインを増やしていき、326枚もある。

 麻衣はなにをやっても器用で、私はなにをやっても不器用。そのことをまざまざと見せつけられて、やる気を失くす。


「そういえば、麻衣を待っているときに、やなぎ蒼眞そうま先生を見た」


 ただ突っ立っているのも暇なので、柳先生を見かけたことを話す。

 私が中三にあがる前に、柳先生は隣の市にある中学校に異動した。その中学校には麻衣がいた。そういうわけで、麻衣は柳先生を知っている。世間は狭い。


 麻衣は「飽きた」とポツリとこぼすと、私に銃を寄越した。


「やっていいの?」

「うん」

「やったあ! ドクロ、顔を洗って待っておれ。復讐の時間だ!」


 銀玉を乱発していると、麻衣が隣で「柳先生だけど……」と、渋る口調で話しだした。


「わいせつ罪で懲戒免職になったこと、知っている?」

「え⁉︎ なにそれ⁉︎」

「やっぱり知らないんだ。半年前、生徒に手を出したんだよね。その後、離婚したらしい」

「離婚……」


 パスタ屋のガラス窓から先生を見たのは、三十秒もない。すぐに柳先生だとわかったけれど、まったく変わっていなかったわけではない。

 当時の面影はあるものの、やつれていた。細身の体がさらに細くなっていた。

 私はそれを、子供がまだ小さいから大変なのだろうと思った。だが、そうではなかったらしい。


 呆然とする私に、麻衣はさらに詳しい事情を教えてくれた。


「相手の女の子が処分や公表を望まなかったみたいで、学校名も名前も年齢も、新聞には載らなかったけどね。だけど、『好きな気持ちが突っ走って、周囲の人たちを傷つけてしまい、申し訳ないことをした』って、書いてあった」

「知らなかった。その女の子って、麻衣の中学の子?」

「うん。後輩から聞いたんだけど、学校や車の中で、キスしたり抱きしめたりしていたらしい」

「うわー……」

「先生と生徒の禁断の恋って、映画や漫画ならおもしろいけれど、それって虚構の世界だからいいんだよね。身近に起こると、気持ち悪い。未成年に手を出す大人って、理性が欠如していると思う。相手の将来や体よりも、自分の欲求のほうを優先させているわけでしょう? 精神年齢が未熟」

「確かに……」

 

 高宮たかみや実里みのりは、「深山みやま先生っていかにも箱入り娘って感じで、おっとりしていたじゃん。柳先生に騙されて可哀想」と非難した。

 深山先生は大学を出て間もない人で、笑顔の素敵な先生だった。先生の明るい笑顔を思い出すと、胸が痛む。

 柳先生は、雨川沙彩先輩とも付き合っていた。結婚する前から、深山先生を裏切っていた。

 

 好きな気持ちが突っ走った結果、周囲の人たちが傷つく。

 そんな恋愛、したくない。申し訳ないことをしたと謝る恋愛なんて、最低だ。みんなに祝福される恋がしたい。

 冴木先生が好き。この想い、いつ伝えればいい? 卒業まで、我慢するべき?


 麻衣の意見を聞きたくて顔を向けると、麻衣は私を見ていた。


「友那は友達だもん。冴木先生を好きな気持ち、応援したい。だけど、私たち、受験生なんだよ」

「うん……」

「こんなこと言いたくないけれど、今、本気で勉強をしなかったら、後悔すると思う。毎日勉強勉強で苦しいけれど、将来から逃げたらもっと苦しくなる。先生を追いかけている場合じゃないと思う」

「うん……」

「冴木先生を好きなことは反対しない。男を見る目のない友那にしては、よくやったって褒めてあげる。冴木先生、いい人だよね。でも、今は恋愛で頭をいっぱいにする時期じゃないよ。……ごめん、きついこと言って」

「ううん、ありがとう。そうだよね」


 麻衣は明るい笑顔で、私の肩を叩いた。


「冴木先生の婚活が不発に終わるよう、祈ってあげるから」

「うん、お願い!!」


 私は友達に嫌われたくなくて、見て見ぬふりをするときがある。けれど、麻衣は違う。友達だからこそ、間違いを正そうとする。

 そんな麻衣のことを、「優等生ぶってウザい」と陰口を叩く子もいるけれど、私は麻衣のまっすぐな生き方に憧れている。


「私立大学に進むだけでもお母さんに負担をかけるのに、恋にうつつを抜かして浪人したら、笑い話にもならないよね」

「そうそう」

「あー、私ってなんで夢中になると周りが見えなくなっちゃうんだろう。嫌になる」

「それが友那だからね。コイン使い切ったし」

「完敗だぁーっ!」


 私は手に持っていた銃を台に置いた。


 冴木先生への恋心は、しまっておこう。胸の奥にある箱に閉じ込めて鍵をかけ、今は勉強に専念しよう。

 


 


 

 

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