第24話 冴木先生と一緒にいる女性

「なんだったんだろう、あれ……」


 四年たった今でも、音楽準備室でのあの出来事は謎である。鍵をかける必要があったのかという疑問が消えない。

 そもそも冗談であっても、「好き?」と聞いてくるなんて、教師としてのモラルがない。

 私は柳先生のことをなんとも思っていなかったので笑い飛ばしたけれど、これが冴木先生なら、違った反応をしてしまう。

 好きかどうか答えられずに、でも、真っ赤に染まった耳や、羞恥心で震える体が好きだと告げてしまう。半袖から出ている腕が触れ合ったなら、身じろぎせずに、先生を感じていたいと願って──……。


「きゃあぁぁぁっ!! 私ったらなんてことを!!」

「お待たせー! 遅くなってごめん!! って、どうした?」


 椅子に滑り込むようにして、麻衣がテーブルの反対側に着席した。

 私はムンクの叫びに描かれた男性のような仕草をやめると、にこりと笑った。


「どうもしませんけど? それよりも、遅すぎ!!」

「ごめん」


 麻衣は、眼科が混んでいて……と遅刻した説明をするのかと思いきや、大きな瞳に好奇心を浮かべた。


「大きな声では言えない、秘密の話をしたい」

「え⁉︎ なになに? 彼氏と別れた⁉︎」


 麻衣の彼氏の名前は、リアム。麻衣の兄が通う大学に留学してきたアメリカ人で、麻衣の家で行われたホームパーティーがきっかけで交際が始まった。

 お互いに「この人だ!!」という、強烈な運命を感じたそう。

 帰国したリアムと暮らすために、麻衣はアメリカの大学を希望している。来年の七月に日本で挙式し、その後アメリカに渡る予定だ。

 麻衣から彼氏の話を聞くたびに、これが運命か……と、ため息をついていた。

 

「やっぱり遠恋って難しいよね! 私と一緒に失恋の傷を癒そう!」


 ワクワク顔の私の頭に、麻衣の手刀が落ちる。


「痛っ!」

「別れていないし! 超仲良いから!!」

「えぇ〜。失恋の傷を癒そう会に入ってほしかった」

「そんなの一生入りたくない。友那はさっさと、新しい恋を見つけました会に入りなよ。冴木先生に先を越されたよ」

「な、なんで、冴木先生⁉︎」


 冴木先生に片思いをしていることを話していないのに! 失恋の傷なんて口走ったから、勘付かれてしまった⁉︎

 しかし麻衣は動揺している私に興味を示すことなく、こそっと、店の入り口を見た。


「あそこにいるの、冴木先生だよね?」

「え?」


 顔を真横に動かし、視線を店の入り口近くのテーブルに向ける。

 すると、そこにいたのは、私服姿の冴木先生。オレンジ色のTシャツと、ベージュのリネンパンツというラフな格好。


「え……? かっこよくない?」

「うん。おでこを出しているほうが爽やかだね」


 麻衣の言うとおり、爽やかだ。おでこを出すことで目元の陰影が薄らいで、爽やかな印象になっている。しかも服が明るい色なので、若々しく見える。

 好きな人の私服姿がかっこいいというのは嬉しいはずなのに、焦る。

 だって、先生のテーブルの反対側に座っているのは──女。


「あの女、誰よ?」

「友那、声低いよ。どうした? ねぇ、見過ぎじゃない? バレるって!」

「バレてもいい」


 冴木先生と向かい合って座っている女性は、三十代前半ぐらい。丸顔の色白。ゆるふわパーマのロングヘア。サーモンピンク色のワンピースに、白いサンダル。

 少しぽっちゃりとした体型だが、おっとりとしていて優しそう。見た目で職業を判断するなら、事務員。

 私とは正反対のタイプだ。私はパステルカラーが似合わない、ビビットカラー女。せかせかしているし、気が強い。


「ねぇ、麻衣。私の見た目で職業を決めるなら、なにって感じ?」

「突然どうした?」

「突然知りたくなった」

「そうねぇ……。美容系か、ダンサーかな? フラメンコみたいな情熱的なダンスが似合いそう」

「ぶっ!!」


 私はがっくりとうなだれると、先生のいるほうを人差し指でツンツンと指す。


「人を見る目のある麻衣に質問する。あの女の人のこと、どう思う?」

「癒し系だよね。いい人そう」

「ちなみに私は、なに系?」

「元気溌剌系」


 私は顔を上げると、懲りずに質問を続ける。


「ズバリ! あの二人、どういう関係だと思う?」

「その前に、頼まなきゃ! すみませーん!」


 麻衣は片手を挙げると、店員を呼んだ。

 パスタを食べるどころじゃない! と文句を言いたいところだが、ここはパスタ屋。パスタを頼まないほうが非常識。

 しかし、明日地球が滅びます、と同じくらいの衝撃を受けているので、メニュー表を見ても脳に情報が送られない。なにを頼めばいいのかわからない。


「友那はどうする?」

「……カルボナーラ」


 普段よく食べるパスタを適当に頼む。店員が下がるとすぐさま、再度同じ質問をする。


「ズバリ! あの二人、どういう関係だと思う⁉︎」

「そんなに気になる?」

「気にならないという選択肢はない!」

「なにそれ」


 麻衣は呆れながらも、瞳が輝いている。この輝きは好奇心。麻衣はなにかを知っている!!

 顔を突き出した私の額を、麻衣がペチッと叩いた。


「なんで叩くの⁉︎」

「目の前におでこがあったから、つい。で、友那はあの二人を、どういう関係だと思うわけ?」

「私? 私は……宗教の勧誘とか、高額サプリの押し売りとか」


 あの女性が例のおすそわけ女で、親密度が高まってデートをしているなんて、認めたくない。

 麻衣は「ふふんっ」と笑った。やはり、なにかを掴んでいるらしい。


「実はねぇ、横を通ったときに聞こえたんだよね。女の人が、『実際に会うとわかりますね。メールでやりとりした感じとは違う』って、しゃべっていた」

「なにそれ? どういうこと?」

「わからない?」

「うん」

「婚活だって! 婚活アプリで知り合って、今日初めて顔を合わせたってとこでしょ」

「うっそ……」


 

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