第19話 先生に絶対に恋をしない
修哉に殴られた際の痣がうっすらと残ってはいるものの、痛々しく見えなくなった。ガーゼを当てて隠し、ニキビを潰してしまったと誤魔化すことにした。
そういうわけで学校に行くことにしたのだけれど、冴木先生に会いにくい。
「うー……困った」
「なに? 便秘?」
「違うから! っていうか、なんで便秘?」
休み時間に自分の机で唸っていると、いつの間にか前の席に麻衣が座っている。
親友の麻衣には、ガーゼの下に隠しているものを話してある。
「唸っているからさ。お腹が苦しいのかと思って」
「そうじゃなくて、はぁー……」
「大丈夫?」
麻衣の気遣わしげな表情に、私は頭を左右に振った。
「元カレじゃない。あの人のことは忘れた。私の人生から一発退場したから」
「一発退場? そう? イエローカードを二枚出しても、駄々をこねてフィールドに居座っていたように思うけど?」
「まあね、確かにしつこかった。でももう本当にどうでもよくて。冴木先生にお礼を言いたいんだけど、どうしようかなって……」
「ん? 言えばいいんじゃないの? なにが不安?」
「ひどいことを言っちゃったんだよね。怒っていると思う」
「だったら謝ればいいじゃん」
「本当にそう! それな!……って、それが簡単にできたら、悩んでないからー!!」
「友那らしくなーい。行動力のあるところが長所なのに」
私は、思ったら行動。悩むぐらいなら行動。迷っているなら行動。
麻衣は、そんな私の性格をよく知っている。
「熟考する人間に変身したんだよね」
「それは良かった。今度からは、熟考して付き合うように。俺様について来いって言われてついて行った先が地獄だったって、マジ笑えないから」
「心配しないで。今度は、思いやりのある人と付き合うから」
思いやりのある人……。真っ先に、冴木先生が頭に浮かぶ。
先生は質問したことに答えてくれる優しさを持っているし、タオルやホットココアをくれる気の利いたところがある。穏やかで、真面目で、でもツッコミを入れるコミュニケーション力もある。人を叩いたことのない我慢強さもある。
身長は180センチぐらいあるし、ダサいのは服装のセンスと暗い性格のせいで、顔は悪くない。むしろ顔のパーツが整っているので、明るい性格なら、生徒たちから人気がでると思う。
「先生が暗い性格で良かった。独占できる。……って、私はなにを言っているの⁉︎」
学校の先生との恋愛。
漫画ならときめくけれど、現実には厳しい。三十代教師が女子高生と付き合うなんて、青色に黒が混ざったようなもの。爽やかさを微塵も感じない。
しかも、法律的にも倫理的にも道徳的にも反している。
「うん、冴木先生を好きになるのはやめよう。私は、ピュアな恋愛路線を進むのだ!」
冴木先生には、大人の女性と結婚してほしい。間違っても、女子高生を好きにならないでほしい。
女子高生に性的な目を向ける成人男性なんて、気持ち悪い。
冴木先生が気になる。だけどこの想いが実ってしまったら、先生への憧れが壊れてしまいそう。
この想いは、熟することなく青いままで。
私は、冴木先生に絶対に恋をしない。
◆◇◆◇
恋愛と謝罪は別問題。そういうわけで私は、手作りの塩クッキーを用意した。
クッキーを渡して、冴木先生に謝ろう。
しかし、会いに行く決心がつかない。綺麗にラッピングして学校に持ってきたものの、先生の好みじゃなかったらどうしようと、不安が募る。
「お母さんは、ザクザクとした歯応えと、甘さと塩加減のバランスがちょうど良いって喜んで食べたけど……」
放課後の校内を無駄にウロウロした後、社会科準備室が見える位置で、出入りする人を見張る。すると、冴木先生が部屋から出てきた。
「今だっ!!」
私はまるで忍者の末裔であるかの如く、隠れていた廊下から飛び出す。ためらいなく、社会科準備室の扉をノックする。
入室して冴木先生の名前を告げると、仏様のような笑顔、でも怒ると怖いという噂のある野木美絵子先生が残念な顔をした。
「職員室に用があって、出ていったばかりなのよ」
「大丈夫です。お借りしていたものがあって、それを返しにきただけなんで。机の上に置いておきます」
若干声が上擦ったけれど、野木先生には気にした様子がない。そのことにホッとし、冴木先生の机の上に手提げの紙袋を置く。
紙袋の中に入っているのは、塩クッキー。そして、謝罪の手紙。
『冴木先生へ
先日は大変お世話になりました。ありがとうございました。
無事に話し合いを終えて、あの件についてはもう大丈夫です。ご心配をおかけしました。
あと、ごめんなさい。あのときの私はどうかしていました。あんなことがあった後なので、気持ちが不安定になっていました。しつこく聞いてしまって、ごめんなさい。踏み込んだ質問をしたこと、反省しています。
あのときのお詫びと、タオルとココアのお礼です。塩クッキーです。手作りなので、早めに食べてください。でも、好みじゃなかったら誰かにあげてください。
いろいろとごめんなさい。とっても反省しています。 渡瀬友那』
言い訳がましい文面だが、謝罪する気持ちは伝わるはず。
先生が許してくれるまで謝りたい。それが正直な気持ち。
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