第14話 冷えてしまった心
新聞部の活動は緩い。新聞は年に四回の発行。五月に発行の夏号、九月の秋号、十二月の冬号、三月の春号。
夏号の発行を終えた新聞部は休息期に入っており、暇を持て余した生徒が部室でおしゃべりを楽しむ。
今日は、私と北山麻衣しか部室にいない。これ幸いにと、恋愛相談をする。
「ねぇ、麻衣。どうやって別れたらいいと思う?」
「縁切寺に行ってみたら?」
「効果あるかな?」
「やってみないとわからない」
至極まともな答えに、私は黙り込む。ビスケットの小袋を破き、一口大のビスケットを口に放り込む。
修哉から、夏休みに鎌倉に遊びに行って、一泊しようと誘われた。お泊まりなんて、絶対に嫌だ。キスだってもう、したくない
私は勇気をだして、別れたいとのメールを送った。それに対して修哉は、電話を寄越した。
電話の声は怒っていなかった。理由を聞いてきたので、ここぞとばかりにぶちまけた。
すぐに怒るのが嫌だ。私の意見を聞かずに勝手に決めるのが嫌だ。一人でさっさと歩いて、私に合わせる気がないのが嫌だ。自分は待ち合わせに遅れるくせに、私が遅れると不機嫌になったのが嫌だった。など。
それに対して修哉は、謝ってきた。もういいよとうんざりするぐらいに、何度も。
「ごめん。友那が優しいから、甘えていた。怒りっぽい性格を直すから、やり直そう」
違う、やり直したいんじゃない。私は別れたいのだ。
麻衣は私の手からビスケットの小袋を奪い取ると、「物々交換」と言って、グミの袋を握らせた。
「付き合うのも大変だったけど、別れるのも大変ね。まさか、修哉先輩が粘着質だったとは。付き合ってみないとわからないものねぇ」
「本当。もっとこう、さっぱりとした人かと思っていた」
「一日にどれくらい連絡がくる?」
「電話が一回と、メールが五回ぐらい」
「へぇ、思ったより少ない」
「違うんだって! 今まで一回も電話をしてこなかった人だからね? おはようもおやすみなさいのメールもなかった人が、毎日ご丁寧に挨拶をしてくるんだよ? 逆に怖い!!」
「そうなんだ。で、これからどうするの? 向こうは、会って話をしたいんでしょう?」
「そうなんだけど……会いたくない……」
修哉は、顔を見て話したいと言う。でも会ったとしても、やり直すつもりはない。そのことをメールで伝えると、修哉は、
『友那の気持ちはわかった。でも、メールや電話で別れ話をするのは失礼じゃない? 最後ぐらい、顔見て話せないの? 直接会って話すのが、誠実な態度だと思うけど』
と、メールを寄越してきた。
そうかもしれない。でも短気な修哉が、笑顔で別れてくれるとは思えない。怒りをぶつけられるとわかっているのに、会うなんて気が進まない。
気落ちしている私に、麻衣は頬杖をつきながら言った。
「私が一緒にいてあげようか?」
「本当⁉︎」
「友達が困っているのを放っておけないしね」
「さすがは麻衣! 頼りになる。ありがとう!」
修哉は人目を気にするところがある。ファミレスで三人で会えば、怒鳴ることはしないだろう。
麻衣の都合の良い日を聞いて、修哉にメールを送る。前に少し進んだ気がして、気持ちが軽くなった。
私と麻衣は学校を出ると、校門前で別れる。麻衣の家は、私とは真逆の方向。
今年は梅雨が長く、すっきりとしない天気が続いている。鈍色の空からポツリポツリと雫が垂れ始め、私は自転車を漕ぐスピードを早めた。
「やばい!! 急げー!!」
ポツリポツリと降っていた雨が、自己主張を強めていく。マンションが見えたときには、大降りになっていた。
「間に合わなかったー。冷たい」
顔に垂れてくる雫を拭いながら、マンションのエントランスに入る。歩くたびにスニーカーから、ぐちゃぐちゃと不快な音が鳴る。
すぐにシャワーを浴びよう。そんなことを考えながら、エレベーターから降りる。
マンションの五階。私の家の前に立っている人物に気づき、背筋が凍る。
「シュウ……」
去年のクリスマス。私の家に新聞部員が集まってパーティーをした。だから修哉は、私の家を知っている。
だけど、オートロックのマンションに無断で入るなんて……。住人の後について入ってくるなんて、不法侵入。
不愉快であることを示すために、修哉を睨む。すると修哉は、悲しそうに眉尻を下げた。
「ごめん。どうしても友那に会いたくて」
「日にち、メールで送りましたよね?」
「なんでファミレスなの? 二人きりで話し合いたい」
「それが嫌だから、ファミレスにしたんです! 結局、自分の意見を押し付けて、私の意見を聞くつもりないですよね⁉︎ なんで勝手に人の家の前で待っているんですか!」
修哉は悲しげに首を振った。
「俺のこと、好き好き言ってくれたよな。あれ、嘘だった?」
「嘘じゃないです。でももう、冷めたっていうか……」
「はっ、冷めたか。ひどいな。好きにさせた途端、自分は冷めただなんて……」
重い空気にぽつりと、修哉の掠れ声が落ちる。
「友那が好きだ。愛している」
「……ごめんなさい」
「今までのこと反省している。心を入れ替えるから」
「でも、ごめんなさい」
脇目を振ることなく、修哉先輩を熱烈に追いかけていた。中途半端な気持ちじゃなかった。だからこそ、冷えてしまった心はもう、熱を取り戻せない。
修哉は廊下の天井を見上げると、鼻を啜った。
「そっか……わかった。今までありがとう。楽しかった」
「はい」
「あのさ、トイレ貸してくれない? 二時間待っていたから、限界でさ」
「二時間も……。近くにコンビニがあるから、そこで借りたらどうですか?」
「トイレも貸してくれないの? さすがに冷たすぎない? 友那って、そんなに性格が悪かった?」
二時間も待っていたなんて、怖すぎる。愛ゆえの健気な行動だと思うことができない。
でも確かに、冷たすぎるかもしれない。あんなに好き好き言っていたくせに、心が引いてしまったら冷たくあしらうなんて。
「トイレ使ったら、帰ってくださいね」
「わかっている」
手に持っていた鍵を、鍵穴に差し込む。玄関の扉を開けて、修哉を中に促す。
「トイレは左手にあります」
修哉がトイレを使って出てくるまで、外で待つつもりだった。
それなのに修哉は、仮面をつけたような笑顔で私を無理矢理に抱え込むと、玄関へと力づくで押し込んだ。
「きゃあっ⁉︎」
修哉の手によって、玄関扉が閉められる。
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