第8話 花火大会の思い出はなんですか?

 私は新聞部に所属している。将来新聞記者になりたいとか、事件を嗅ぎつけて謎を解くのが好きとか、そういう理由ではない。

 加瀬修哉先輩を追っかけて、新聞部に入った。中学二年生のときから修哉先輩が大好きで、好き好き言いまくっていた。相手にされなかったけれど。

 しかし、二ヶ月半前。先輩の卒業式に関係が変わった。

 なんと、修哉先輩のほうから告白してきたのである。


「なんかさ。ずっと好き好き言われているうちに、俺も好きになっちゃったみたい」


 長かった片思いにようやく終止符を打ち、憧れの人の彼女になることができた。

 現在、修哉先輩は大学一年生。大学でも新聞サークルに入って、現役大学生のキャンパスライフとやらを情報発信しているそう。

 修哉先輩がいなくなった新聞部に用はない。けれど修哉先輩に軽蔑されたくないから、新聞部副部長として在籍している。



 さて、冴木先生はサエキヒロシと同一人物なのか問題。私は新聞部であることを利用することにした。

『社会科準備室』と書かれたプレートの前で深呼吸をすると、ドアをノックする。

 中から、朗らかな女性の声で「はい」と返事があった。


「失礼します」


 冴木先生はいるだろうか?

 不安がドアに伝わったかのように、引き戸がゆっくりとスライドしていく。

 目に差し込む、茜色の光。眩しさに、私は一瞬目をつぶった。パチパチと瞬きをしながら開けた視界に、冴木先生の姿が入る。


「三年一組の渡瀬友那です。冴木先生に用があって来ました」


 ノートパソコンを打っていた冴木先生の手が止まる。不思議そうに見開かれた目。

 おそらく、質問しに来る生徒があまりいないのだろう。歴史のことでわからないことがあれば、先生に質問しに来るよりも、ネットで調べたほうが早い。

 

「私、新聞部なんです。今年赴任してきた先生方のことを記事にしたいので、アンケートに協力してもらえませんか?」

「ああ、いいよ」


 淀みなく話せたおかげで、冴木先生は訝しむことなくアンケート用紙を受け取ってくれた。

 先生方にアンケートを取ろうと意見を出したのは私。去年までの学校新聞は、先生の名前と前の学校がどこだったのかを書くだけで終わっていた。

 しかし今年は、新任の先生を深掘りすることにした。

 すべては、サエキヒロシ=冴木裕史なのか探るための作戦である。私は優秀な頭脳を持っているわけではないのに、こういうところは頭が回る。

 

 アンケート用紙に視線を落としていた冴木先生が、困惑気味に口を開いた。


「なんというか、突っ込んだ質問が多いね。他の先生はなんて?」

「私は冴木先生担当なので、他の先生のことは知らないです」

「この、『花火大会の思い出はなんですか?』というのは……」


 やはり疑問に思ったか。心の中で舌打ちをする。


 基本となる質問は、部員全員で考えた。そのうえで、先生の特色を引き出す質問を加えようと、私が提案した。

 たとえば英語の先生なら、留学経験はあるか。国語の先生なら、好きな本はなにか。

 冴木先生は歴史の先生なので、好きな時代や歴史人物についての質問を加えた。

 けれどあくまでも私の狙いは、サエキヒロシ=冴木裕史説の検証。さらには、花火大会の事情についても知りたい。

 私はファーストフード店員のようなスマイルを浮かべながら、用意してきたセリフを述べる。


「千葉市民にとって、幕張の花火大会って特別なものじゃないですか。冴木先生も、花火大会になにか思い出があったりするのかなって。深く考えないでください。生徒に親しみをもってもらうための質問なんで。生徒目線に立って、学生時代に女の子を誘った話とか書いちゃってください」

「ははっ、そんな思い出ないよ」


 逃さないとばかりに、次の作戦に移る。しかも都合が良いことに、野木美絵子先生が部屋から出ていった。社会科準備室には、私と冴木先生しかいない。


「えぇーっ! 女の子を誘ったことがないんですかぁ? 本当に? 一回ぐらいはあるでしょう?」

「いや」

「またまたそんなぁ! 結果的に花火を見に行けなかったとしても、花火を一緒に見に行かない? って、誘ったことぐらいはあるんじゃないですか?」

「…………」


 冴木先生は、シルバーのフレームの眼鏡をかけている。その眼鏡の奥にある瞳が、輝きを失ってぼんやりとしている。

 きっと過去を思い出しているのだ。私は答えを待った。


「……ないよ」

「あー、そうですか。わかりました」


 私は修哉先輩を好き好き言って、三年も追っかけていた女である。自他ともに認める、しつこい性格。

 引き下がるふりをしつつ、内心では一歩も引いていない。


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