第4話 明日はこない
私は「年下に興味ないから! 結婚するなら、絶対に年上!!」と、はっきりと伝えた。
それなのに花火に誘うなんて、どういうことだろう?
どういうことだどういうことだ、と頭の中を騒がしくしていると、母親が仕事から帰ってきた。
「めぐみ。洗濯物をたたむのを手伝って」
「うん」
ちょうどいい。母に聞いてみよう。
和室に取り込んだ洗濯物の山から、タオルを取り出す。洋服と比べてタオルをたたむのは楽だが、六人家族なので量が多い。
「裕史から、花火見に行こうって誘われたんだけど……」
「村祭りの花火?」
「うん、そう。行ってもいい?」
「最後だものね。向こうに行ったら、なかなか帰ってこられないだろうから。寂しくなるねぇ」
タオルをたたんでいた手が、止まる。
母親の顔にあるものを探る。汗でファンデーションが崩れている顔にあるのは、冗談や言い間違いなどではない。
「最後って、なに?」
「言ってなかったっけ? 冴木さん家、引っ越しが決まったって」
「引越し……」
一年前、裕史の母親が亡くなった。葬式が終わった後、裕史の父親の弟が、
「三人で大変だろう。こっちに来いよ。千葉のほうが仕事があるし、裕史くんは頭がいい。親父が入れる施設を探しておくよ」
そう誘っていたのを聞いた。けれど、引っ越しが決まったなんて聞いていない。
「もうすぐって、いつ?」
尋ねた自分の声が、恐ろしいほどに低い。
母は服をたたむ手を止めることなく、さらりと言った。
「来月。急だけれど、おじいちゃんのことがあるでしょう? 認知症が進んでいるから、一人で置いておけないし。一ヶ月じゃ、あの家の中全部は片付かないだろうから、要らないものは私たちが片付けようってことになってね。あんたも手伝うのよ」
「そんなの聞いていないっ!!」
「急に決まったことだから。裕史くん、花火のときに話すつもりなんじゃない?」
花火のときに話す──。
ストンと腑に落ちる。納得した。別れを告げるための、花火のお誘いだったのだ。
花火デートというものでも、仲を進展させたいわけでもなかった。悩んだ自分が馬鹿みたいだ。
「あのさ、裕史から誕生日プレゼントもらったんだ。初めてのプレゼント。もしかして、私のこと、ちょっと気になっていたりして?」
「あんた毎年、誕生日が夏休みだなんて損だ。友達から祝ってもらえない! って、騒いでいるじゃない。可哀想に思って、くれたんじゃないの?」
「同情ってわけですか」
「裕史くんは優しい子だからねぇ」
なんともそっけない答え。さすが、母。父と結婚した理由を聞いたときに、
「悪い人じゃないから」
そう答えただけのことはある。母の口から「愛」とか「好き」とかいう言葉を聞いたことがない。
洗濯物をたたみ終え、私はタオルを洗面所の棚に置いた。
なんとはなしに鏡の前に立つ。笑ってみたり、真面目な顔を作ったり、頬を膨らませてみたり。
「平凡な顔。いかにも田舎娘って感じ。千葉の女の子は可愛いだろうなぁ」
私と裕史は、幼馴染という関係性。それで別にかまわないのだけれど……。
それなのに、どうしてだろう。遠くに引っ越すとわかった途端、寂しくなるのは。それも、ただ寂しいんじゃない。強烈に、寂しい。
◆◇◆◇
翌日。祖父母にくっついて行って、宮城県白石市にいる親戚を訪ねた。墓参りをした、その帰り道。
軽自動車の運転は祖父。祖母は助手席に座っている。ラジオからは、よくわからない昔の歌が流れてきている。
私は後ろの席で、ぼんやりと外を眺めていた。お盆は終わったが、高速道路には車が多い。
裕史の引っ越し先である、千葉県柏市までどのくらいかかるか調べた。
その結果。まず、昭和村から東京駅まで約五時間かかることが判明した。さらに、東京駅から柏市までは電車で三十五分。
「遠いなぁ……」
気軽に遊びに行ける距離ではないし、お金もかかる。
昭和の懐メロで、田舎を出て都会に行った男が、同郷の女性に、楽しすぎて帰れないと別れを告げた歌を思い起こさせる。
私と裕史は、さよならする。私たちの思い出の最後を飾るのが、花火になる。
もらったバンスクリップで髪を留めて、花火を見に行こう。笑って、別れよう。
そう決めて、目を閉じる。すると、疑問がぽかりと生まれた。それはまるで、静かな池に小石が投げこまれたかのよう。疑問は波紋となって広がっていく。
「なんで、花火を見に行くんだろう?」
普通に引っ越しのことを話せばいいのに、なんでわざわざ花火を見ながら? それも、二人で。
「明日、聞いてみよう。……うぁっ!!」
前触れもなく背後から、凄まじい衝撃が襲ってきた。激しい振動に視界がブレる。
後方から襲ってきた巨大な物体によって、体が運転席の椅子へと叩きつけられた。抵抗できなかった体が、ぐにゃりと曲がったのがわかった。骨が砕ける。
痛みは感じなかった。感じる暇がなかった。テレビのスイッチを切ったかのように、プツっと目の前が真っ暗になったから。
機能が途絶えた肉体とは反対に、意識は透明な泉のように澄み渡っている。永遠に続くように感じられる時間の中で、私は叫んだ。
──どうしよう! もしかして、死んじゃう⁉︎ そんなの困る。死ねない。だって、ぴろりんと花火を見る約束をしているのに。すごく楽しみにしているのに。死んだら困る! 私、死ねない!!
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