第2話
個室でじっとしていると、照明が消えた。このトイレの照明はすぐに消える。普段、小便で使用している最中にも消える。島本の小便が平均より長いというわけではない
島本は両手を振ると再び照明がついた。個室のドアを開け洗面所に立ったとき、再び照明が消えた。
「さすがに早すぎねえか?」
島本は再度手を挙げて振るとまたすぐに照明がついた。視線を前に向けると、鏡に映る島本の真後ろにスーツを着た男が島本を見下ろしていた。
島本は叫び声を上げて腰が抜けてしまい、トイレの床に這いつくばった。振り向くと男は立ったまま顔を島本に向けている。暗くなったうちにトイレに入ってきたのか。そんな短時間で入れるわけがない。第一、ドアの開く音もしなかった。
島本は床に両手をついてなんとか立ち上がり、体重をかけてドアノブを捻った。幸いすぐにドアは開き、息を切らしながら廊下を移動して教室に戻った。
ドアに鍵をかけた瞬間、すりガラスに男の影が映り、激しくノックしだした。島本はドアから離れ、教室の隅にしゃがみこんで耳を塞いだ。しばらくすると男の影はすりガラスから消え、ドアを叩く音もしなくなった。
島本は立ち上がり、ドアに近づいたとき、再びすりガラスに人影が見えてドアをノックしだした。
「もうやめてくれよ!」
島本が叫ぶと、自分の名前を呼ぶ声が返ってきた。
「島本さん? 私です。川村です」
初老のオーナーの名前が出てきたとき、島本の震えは止まった。よく見るとすりガラスのぼんやりした輪郭は確かにオーナーの川村のように気弱そうだった。
音がしないようにゆっくりと鍵を開け、ドアを開けて隙間から確認すると確かに川村だった。
「島本さん、十時半にはビルを出てくださいと言ったじゃないですか」
「す、すみません」
「さっき中からドア開けようとしたでしょ。携帯電話に警備会社から電話ありましたよ」
「申し訳ありません……」
川村はシャッターを開けるから付いてきてください、と島本に言って、教室に鍵を締めさせた。川村の存在がこんなにも心強いものになるとは思わなかった。しかし、階段へと続く廊下をいつまで歩いても階段に到達できない。川村は無言で前を歩き続けている。本来なら二十メートルもないはずだった。
「あ、あの」
島本は川村に声をかけた。しかし川村からは何の返答もない。歩みを止める様子もなかった。
「なんで廊下がこんなに長いんですかね」
島本はもう一度質問を投げかけると川村の足が止まった。振り向いたとき、島本は喉の奥から声があふれ出た。川村の顔は叩きつけたように原型がなく、血みどろになっていた。
背後に立つものは、 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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