003 私?とドラゴン?

気のせいじゃない、髪の毛が真っ白だ。理解できなくて頭も真っ白だ。


「異世界に転移した副作用か何かで髪が真っ白になっちゃったのかな?」


探偵のように顎に手を当てながら考える。転移したのだと考えていたけど、そもそも服装や持ち物も変わっていたし、なんだか声も変わっている気がする。不安になって顔をペタペタと触ってみる。よくわからない。若干顔の彫りが深いような気がする。


顔に引き続き体を触る。まずは手をさーっと触った。少し痛い。若干擦り傷がある気がする。肌色は前世と変わらずの色白さだと思う。続いてズボンを少し巻くし上げる。少しあざがあった。転んだっけ?


続いて上半身を触る。


ガサ、ガサガサ...?


ぽん、ぽんぽん、んん?


ガサガサ、おかしい。


ガサ、ガサガサガサ


「......私の胸どこに行った...」


この世界に来てから体が随分と軽いなと思っていた。思い返してみると特に走っている時の胸の不快感がなかった。見て見ぬふりというか、異世界に来た影響で身体能力が上がっているものだと思っていた。



もう一度恐る恐る触る。ないというか、あるのだがほぼない。可もなく不可もなくだった胸が、可がなく不可なサイズにグレードダウンしていた。自分の自己肯定感を支える一部が消えたような、アイデンティティが少し迷子になったような感覚に陥った。


「でも、別に元々そんなにあったわけじゃないし、別に気にしてないし」


自己暗示をかけるようにぶつぶつと呟きながら、マジックバッグから脇差を取り出す。そして洞窟に入り口付近にトコトコと近づき、刃に日を当てた。


太陽を反射してギラリと刃が光る。私はゆっくりと脇差を顔に近づけた。


別に狂ったわけではない。顔をどうにか確認できないかと思い、顔に近づけただけだ。ところが反射した像はギリギリ頭が白いということがわかるかどうかの解像度だった。


「よく見えないけど、なんだか目の色が薄いような?」


首を傾げながらナイフを覗き込む。側から見たらサイコパスそのものだ。


「やっぱり、黒じゃない。カラコン入れてるみたい」


もちろんカラコンなんて2、3回しか使ったことない。しかも使ったのは家でメイクの練習がてら試した時だけだ。目の色はいわゆるヘーゼルアイと呼ばれるような色をしている。前世で憧れていた目の色だ。かわいい。


果たして転移で体が変容したのか、他人の体を乗っ取ったのか。わからない。しかし、今の身体は前世の身体と全く違うのは確かだ。白髪で目の色素が薄い。少し彫りが深くて全体的にスラっとしている。前世だったらかなり目立っただろう。


洞窟の前でしばらく、あれこれ考えていると一瞬だけ陽がなくなった。何かが太陽の前を通ったのだろう。また暗くなる。


焦ってガッと顔を上げて空を見た。


ヤツと目があった。あってしまった。プテラノドンを頭悪くしたような造形のドラゴンだ。そんな体軀で飛ぶな。物理法則はどうなっているんだ!


心臓バクバクで洞窟の中に飛び込む。久しぶりに飛び前転をした。流れのまま立ち上がるところまで完璧にできた。


ドサッという音がして振り返ると入り口にはヤツがいた。頭がいいのか無理に入ってこようとしない。確かにサイズ的に無理だ。


「ぐるぁ...ぐら!」


こいつ多分「おい、出てこい!」って言ってるな。誰が出るか、バカヤロウ。私はまだ生きたいんだ。


「断る!あっちいけ!」


そう叫び、床に落ちているマジックバッグ、地図、水筒をどうにかして拾った。全力疾走で洞窟の中へ中へと進む。さよならマイマネー。床に並べたのが運の尽きだった。


15秒ほど進んだだろうか、もうほぼ真っ暗だ。直後、後ろから轟音が鳴った。


バゴーン!!!!!!


あ、死んじゃうやつだこれ。


その場に伏せて入り口に向け水筒から全力で水を出した。水筒からありえない量の水が噴射されるとともに急速に倦怠感が増す。水筒が青白く光っている。


水の傘の先には灼熱地獄が見えた。ボコボコと水が水蒸気を吐き出し、全身を熱波が襲う。目を開けられないが、死ぬレベルではない。まずい疲れてきた。水蒸気のせいで呼吸もしにくい。意識が朦朧としてきた。


「理不尽すぎ...でしょ...」


そう言い残し、私は意識を失った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




不快感で目が覚めた。全身びちゃびちゃで周りは泥でいっぱいだ。そして何より吐き気がすごい。


「私、生きてる、よね?」


ペタペタと顔を触る。幽霊じゃないっぽい。周りを見渡すと泥と水ばかり。すごく吐きそうだ。気持ち悪い。頭がぐわんぐわんする。


「おぇえ、げほっげほっ。頭痛すぎ、死んじゃうよう...」


私はおえおえと女の子が出しちゃいけない音を口から出した。本当に頭がいたい。ディ○ニーでスター○アーズ乗った時よりきつい。


「そういえばあのドラゴンは...?」


キョロキョロと頭を動かし、入り口があったであろう方向を見た。


「あれ、道がなくなってる」


絶体絶命だ。ドラゴンには多分もう会わないが、真っ暗闇でどこに繋がっているかわからない。何が出るかわからない洞窟にひとりぼっち。しかも無一文。無一文は関係ないか。


「道具、拾わないと」


かろうじて回収できた脇差し、地図、マジックバッグ、水筒を探す。


「真っ暗闇なのに、思ったより見える?」


入り口は土砂で完全に塞がっていて、太陽光は入ってきていない。普通なら真っ暗で何も見えないはずだ。私は完全な暗闇を知っているが、こんなもんじゃない。修学旅行で京都の某清い寺の胎動巡りを体験した際は、目を閉じている方が明るく感じるくらいに暗かった。視界全部ペン○ブラックだった。いや黒色○双かもしれない。ともかくこの洞窟内は明るすぎる。


「おかしい、なんでこんな見えるんだろう...」


周りを観察する。そして明るさの正体に気づいた。


「もしかして壁が若干光ってる?」



もしかすると、ここは普通の洞窟じゃないのかもしれない。


もしかすると、ここはいわゆる迷宮とかラビリンスとかダンジョンと呼ばれている場所なのかもしれない。


もしかすると、ここは魔物がいて危ない場所なのかもしれない。



私は頭を抱えた。全然ワクワクしない。私は「いのちをだいじに」でサバイバルするのだ。ダンジョンなんてゴメンだ。

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人見知りの独り旅 窪虚言 @kubokyogen

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