解決編

「……そう、じゃあ武士探偵の推理をお聞かせ願おうかしら」ピッ


 「なんで設定温度を上げたんだい?……まあいいか。では一旦事件を整理してみようか。

 犯人は被害者を冷凍庫に誘き出し、頭を打って気を失わせ逃走した。その後、被害者は一度目を覚ましたものの、鍵が掛かっていなかったにも関わらず冷凍庫から脱出することなくそのまま凍死。被害者が凍死した後、犯人は冷凍庫の電源を落とし、中のアイスクリームはドロドロに溶けてしまった……。

 さて、ここで2つの疑問が浮かんでくる。

  その一、『犯人は何故わざわざ危険を冒して冷凍庫の電源を落としたのか』

 その二、『被害者は何故意識を取り戻したのに冷凍庫から脱出しなかったのか』」


 武士は椿に向かって手をかざしながら、指を2本折る。


 「その一についてだが、先ほどの椿の考えはかなりいい線いってたと思うよ。つまり、犯人はなんらかの証拠を消す必要があった。だが、今回はその二の謎についても合わせて考える必要があったんだ」

 「はあ?どういうことよ?」

 「椿、何故被害者は意識を取り戻したのに冷凍庫を開けて出なかったんだと思う?別に拘束されていたわけでもないのにだ」

 「うーん……何か外に出られない理由があったってこと?でも、鍵が掛かっていたわけじゃないし、外からつっかえ棒ができる仕組みでもないんでしょ?じゃあ、内側につっかえ棒があったってこと?でも……」

 「そう!その通り。おそらく犯人は扉の内側につっかえ棒を仕込んだんだ。それも、氷で作ったつっかえ棒をね。被害者を冷凍庫で事故に見せかけて殺す方法を思いついた犯人は、被害者を冷凍庫で気絶させ、さらに念には念を入れて、被害者が意識を取り戻した後にも脱出できないようつっかえ棒を設置したというわけさ」

 「でも、内側にあるつっかえ棒なら意識を取り戻したら自分で外せるでしょう?」

 「だけど、つっかえ棒が外せない位置にあったら?さっきの写真を思い出してごらん。社長はかなり小柄だったろう。犯人は被害者を気絶させた後、扉が閉まると高い位置で氷のつっかえ棒が引っ掛かるように細工をしたんだ。

 被害者は運良く意識を取り戻したが、手の届かない位置につっかえ棒があるせいで結局扉を開くことができずに凍死してしまった。

 そして、社長が凍死した頃を見計らい、冷凍庫の電源を落とすことでつっかえ棒を溶かして証拠を隠滅したというわけさ」

 「……はーー、なるほど。それでさっきピンときたのね。

 ということは、犯人は写真の左にいた1番背の高い男の子……龍仙響紀?」

 「いや、このトリックは背が高くなくても踏み台があれば可能だし彼にはアリバイがある。犯人は唯一アリバイのない大山田夫人だ。裏口から出入りすれば監視カメラには映らないし、電気はタイマーで消せるからね」

 「たしかに……現場に行かなくても解決しちゃうなんて流石名探偵さんね」

 

 椿が誉めそやすと、武士は得意げに胸を張った。

 理屈っぽくて基本的に面倒くさがりだが、なんだかんだ単純なこの探偵の扱い方を椿はよく心得ていた。


 「じゃ、早速現場に向かいましょうか。刑事さんにもタケちゃんの名推理を聞かせてあげましょ!」ピーーッ


 椿は笑顔のまま再びエアコンの電源を落とすと、リモコンを持ったままキッチンにアイスのカップを捨てにいった。

 得意げになっていた武士は一転、今度は自分が追い詰められた犯人のように狼狽し始めた。


 「えっ!?いや、もう犯人は分かったんだから私が行かなくても……」

 「何言ってんの、まだ奥さんが犯人だって証拠が見つかってないでしょ?」

 「引き戸をよく調べれば細工の痕跡が見つかるはずだし、証拠集めは警察に任せれば……」

 「乗りかかった船なんだからいい加減腹括りなさいって。

 あ、出掛ける前にテーブルの上拭いておいてよ」

 「え?……あ、ああぁ〜〜!」


 椿はテーブルの上を指さす。武士はその指先を目で追って、悲痛な叫びを上げた。


 そこにはドロドロに溶けたクリームとふにゃふにゃになった食べかけのビスケットが悲惨な末路を遂げていた。

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真夏の凍死体 〜武士探偵の事件帖〜 あるかん @arukan_1226

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