別働隊
街道を北へ進む。同じ街道とは言ってもスーマのそれとは異なり、表面が大きな石で舗装されている。恐らくその下も水はけや耐久性を考慮した多層構造になっているのだろう。手間のかかる街道が都から遠い国境近くにまで伸びているのだ。これだけ取ってみても国力の差を感じずにはいられない。
そうだ。普通に考えたら全面戦争をしても勝てるわけがない。ましてや自国から山を超えて侵攻するには兵站の面でかなり難しい立ち回りが必要となる。大国であるクジーフィを華々しく打倒するなどということは困難だ。ではこの作戦の狙いはどこにあるか。
一つ目。
攻め入ることそのものに意味がある。
クジーフィの国境を脅かした、一部でも領土を奪った、という事実がなんらかの利益になる場合だ。
目的として考えられるのはスーマ国内の世論への影響か。あの王様、有能みたいだけど権力基盤はそれほどしっかりしていないみたいなんだよな。中央はともかく地方の有力者を従えきれていないっぽい。そういう状況で王の力を国内に見せつけるには良い方法かもしれない。スーマは武の強さを尊ぶ文化があるみたいだし。
二つ目。
この侵攻に相応の戦略的価値がある。
本隊が攻め入るのはノナシ(アルプス)山脈の西、山が途切れた平野だ。占領できればクジーフィからの脅威を抑えることができる。大規模な軍勢でスーマに攻め入るにはここを通るしかないからな。
加えてこの一帯は地球で言うフランス南部の地中海沿岸だ。ここ、地球では穀倉地帯だったはずなんだよね。ということはこちらでも農業が盛んなのかもしれない。あと塩湖があって塩を作っていた様な……
本当に農業生産が大きいなら、ここを抑えれば食糧(もしかしたら塩も)をかなりの量確保できる。長期的にクジーフィとやり合うならスーマの国力を底上げできることは大きな意味がある。
問題は占領した後だ。占領を継続するなら防衛の手を持っていなくては意味がない。本土から離れた場所を、総兵力で上回る敵からどう守るのか?まあ、もしこれが狙いだとすればクレアなら何か策を持っているんだろう。
三つ目。
前提が間違っていて、実は何らかの方法でクジーフィに勝利する算段がある。
これは可能性が低いと思う。というのは、奇策の類でクジーフィの首都——確かマトヤと言った——を陥落させ国王その他国の中枢を葬ったとしても、支配を維持する術がないからだ。クジーフィの国土をまるまる維持できるとはとても思えない。クジーフィ軍を武装解除できたとしても、周辺国に攻め込まれればせっかくの新領土も食い荒らされてしまうだろう。
俺が思いついたのはこんなところだ。ただ攻め込むための準備に相当のコストがかかっていることを踏まえると、流石に一つ目はないんじゃないか。実現性と効果を考慮すれば二つ目の可能性が高いんじゃないかな。
そんなことを考えながらひたすらに歩を進め、日が暮れかけたところで街道から外れた。今夜はここで野営だ。道の両脇は針葉樹の森になっていて身を隠しやすい。ただし今夜は火を使うのは禁止だ。敵に居場所を知らせることになるからな。
テントなどの装備は持ってきていない。あるのは薄い毛布だけだ。標高が高いせいだろう、まだ夏の名残がある季節とはいえ、夜になると少し肌寒い。水と硬いパン、それにチーズが一つのシンプルな夕食の後、スシリナーアでも一緒だった兵士を見つけた。
「平原の戦いではあなたを支援する隊にいたんです。見事な戦いぶりでしたよ」
俺とそう変わらない年恰好の兵士からお褒めの言葉をもらってしまった。聞けば彼もあの戦場が初陣だったそうだ。
「敵に攻めさせず、かといって排除の対象になる程には目立たず……あなたのおかげて命拾いしました」
一呼吸の間をおいてできるだけ落ち着いた口調で返答した。
「それはよかった。今度の戦いもきっとうまくいくよ」
あの時、戦い方なんて気にする余裕はなかった。彼の命が助かったのはただの偶然だし、今回も彼と仲間たちが生き残る保証なんてない。それでも彼の気持ちを考えたらこう言うしかなかった。スーマ軍として戦術的・戦略的に成果を上げる可能性は高いと思っているけど、だからといって個人の生存はまた別の話だ。
それから木の根元にもたれかかりながら寝た。能力者は優先的に休めるルールになっていて夜番も免除されている。戦車をよく整備しておくのと同じことなんだろう。
翌朝、野営の跡を片付けて再度進軍し始めるとすぐ、先行していた斥候から敵軍団の発見の報告があった。急いで道の両脇の森に隠れる。街道のすぐそばから木々が生い茂っているが、カーブはあまりないので遠くまで見通せる。身を伏せて待っていると街道を向かってくる一団が見えた。数は150から200ぐらい。ほぼ全ての兵が騎乗している。まだ距離は2,3キロあるだろうか。向こうはまだこちらに気づいていない様だ。
相手はマラクの街に詰めているクジーフィ軍のはず。マラクというのは先ほど攻めていたミズイの隣町だ。クレアの見立てでは今日の朝から昼に遭遇するはずだったので早い方かな。仲間の救援のために夜通し歩いてきたのに申し訳ないが、ここで撃破させてもらう。そのためにトンネルから侵入したムーキス隊500人のうち半数以上の300人を連れてきたんだから。
「このまま敵が通り過ぎるのを待って背後から攻撃するよ。合図は私が出す」
「了解、クレア隊長」
チート天才が異世界転移したけど上には上がいた話 川田スミ @kawakawasumi
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