ミズイ攻防戦2
先駆けが門から侵入すると俺たちも続いた。外に残った能力者はロークン一人だけだ。
市街戦は一方的な状況となっていた。塀に囲まれた狭い土地に家々が立ち並び、間を曲がりくねった道が走る。敵兵の練度は低くはなかったものの、機先を制したアドバンテージは大きい。道ごとに発生する小規模で断続的な戦闘全てでスーマ軍がクジーフィ軍を蹴散らす。
とはいえ道が狭いことで兵力の優位性は小さい。守るクジーフィ軍が急ぐべきは崩れかけた統率を立て直し、各所の戦闘でスーマ軍を押し留めることだろう。すでに近隣の街に援軍を求める早馬が出ているはず。戦力をできるだけ温存しながら少しずつ、街の中でも高台にある館まで後退する。逆にスーマはそれを許さず、敵戦力をできるだけ削る。これが双方の真っ当な戦い方だろう。
だが今回に限っては正しい戦術ではない。
正方形に近い塀のうち山側の一辺は険しくて侵入できるルートがない。門は東側の辺の中央と北西の角の近くにあった。俺たちが侵入したのは東側からだ。
銀髪が風に揺れる。侵入した路地に立てこもる敵一般兵5名ほどを一刀で切り裂き、速やかに次の戦闘地点に移動する。数回繰り返せばすぐに各所で後退する速度が上がった。スーマ屈指の能力者、戦神の娘に真っ向から挑みたい者などいないのだ。
着実に撤退が進みつつある。頃合いか。
東門が破られたとの報せが入ったときは驚いた。虚をついて襲撃されたからではない。重要な防衛目標を破壊されるまで敵の動きに気づけないほど、弛みきらせてしまった自分に、だ。ここまで足りぬとは思っていなかった。何が分団長だ。これで赤銅騎士団の力を疑われる事態になっては団長に申し訳が立たぬ。しかし自分の無能さを呪っても状況は良くなるわけでもなし、打てる手を全力で打ち続ける以外になすべきことはないのだ。
今、講じるべき策はなんだ。目を瞑り思考を巡らせる。さほど面白みのない堅実な策に思い至ると副官のピッタ・マーゼンに披露した。
「おっしゃる通り堅実な策ですな。次の手を打つまでの時間稼ぎのためにも、まずは急ぎ実行を進言します」
明るい茶色の髪と薄茶の瞳、それに中肉中背で顔の造りも至って平均的。マーゼンにはこれといった特徴がない。あまりにもありふれた容姿で、むしろそれが特徴と言えなくもない。私の副官を務めて3年ほど。大きな戦争はなかったが、国境付近の小競り合いや併合したばかりの領土の反乱を共に戦った仲だ。
「では各隊に指令を。それから急使には俺の馬を使わせろ」
「よろしいのですか?陛下から下賜された大切な馬を」
珍しく疑問を呈したマーゼンだが、意外そうな顔をしているかというとそうでもない。私の次の言葉を引き出すための呼び水のようなものだ。
「そうだ。あの素晴らしい脚をここで活かさずにどうする?私は今この時のためにあれを賜ったのだと自信をもって言えるぞ」
マーゼンが頷く。それを合図に我が赤銅騎士団分団は動き出した。
援軍を呼び、到着するまで時間を稼ぐ。最も近い拠点、蒼鉛騎士団が駐屯するマラクの街には馬を飛ばして半日ほど。その頃にはすでに日は落ちているだろうから、翌朝早くに出立したとしてミズイに着くのは明日の夕方になる。街道があるとはいえ夜間の行軍は危険だ。特に侵攻を受けている今、伏兵の可能性も高い。
違和感を覚えたのは指揮所である館に兵たちが帰投し始めた時だ。名高い銀髪の戦姫に攻められた、しかも本人が最前線で戦っている。それなのにこの戦況はどうだ。当初の想定よりやや大きい被害を出しながらも
「敵は兵法を知らぬのか?マラクから援軍が来れば我々は圧倒的優位に立つのだぞ」
「あの戦姫が戦の基本を知らないはずがありません。どちらかといえば我々の考えが至らぬせいであろうかと。意図が読めぬなら見方を変えてみては?」
ふむ、相手の視点に立って考えれば何か見えてくるかもしれん。館の防備は強固な上、見張りの報告では兵力もほぼ同等のようだ。籠城戦となった時に敵が不利となるのは疑う余地が無い。ということは……
「そもそも籠城した我らと戦うつもりがないというのはどうだ?」
そう口に出した次の瞬間、冷たい汗が背筋を伝うのを感じた。
「そろそろ行こうか?急ぐに越したことはないでしょ?」
明るい栗色の髪を揺らして頷いた彼女と共に街の外に出る。門を囲むように部隊を展開していたロークンに目配せし、そのまま北へと走り出した。後ろから追いかけてくるのは身を隠していた
ここからは時間の勝負だ。
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