2時間目 憧れ

「さてさて。早速質問よ。麻里子はなぜ英語が嫌いなのか、話してちょうだい。」

 私は、カテさんに促されるままにイスに座って授業を受けていた。私がなぜ英語が嫌いか?そんなの簡単だ。

「私が、英語が苦手だからです。」

「あら単純ね。本当にそれでいいの?」

 どういうことだろう。表情から意図を読み取ろうとしたけど、カテさんは頭を悩ませている私をずっとニコニコ、というよりニタニタしながら見ていて、何を考えているかさっぱり分からなかった。単純な人だと思っていたけど、いざ重要なときになると感情を霧で覆い隠してしまう。

「…どういう考えがあるか分かりませんが、はいと答えておきます。」

 探り探り答える私を、カテさんがフフッと笑った。

「麻里子がそれでいいなら私は止めないわよ。じゃあ、ここからは私の考えなんだけど…」

 カテさんは一呼吸置いてから言った。

「麻里子は、たとえこのまま英語が得意になって、テストで100点をとったとしても、英語のことは嫌いなままだと思うわ。」

「!?」

 カテさんは、驚いた私の反応をみて満足そうにうなずいた。

「どういうことですか!?英語が得意になったら英語と自分を好きになれて、ここから出られるんじゃないんですか!?」

 私のカテさんへの信頼度がいきなり下がった。大体、こんなご丁寧に教室まで準備して、てっきり英語必勝法みたいなのを教えてくれると思ったのに、得意になっても英語は嫌いなまま?それじゃ、ここから一生出られないじゃないか。どんどん顔が険しくなる私を見かねて、カテさんは言った。

「まぁ少し落ち着いて、思い出してごらんなさい。たとえば、あなたのクラスにも、この前のテストで満点に近い点数をとった子はいたでしょう?」


 確かにいた。パッと思いついたのは、学年で1番英語の点数が高かった中倉さんだ。私のクラスは全体で36人。席は1列に6人並んで座っている。中倉さんの出席番号は18、私は24だったから、席替えする前は席が隣だった。

 Speaking力を鍛えるだかなんだか知らないが、私は英語の授業で、隣の席の人と話す時間が大嫌いだった。中倉さんは素人でも分かるくらい発音がきれいで、日本語のときと話すスピードが変わらなかった。

 使う単語も、まだ習っていないような難しいものが多かった。なので何を言っているのか最初は、分からなかった。私が理解できていないことを表情で読みとった中倉さんは、次の授業から段々話すスピードを遅くしていった。使う単語も授業で習ったばかりの、こんな私が分かるものしか使わなくなった。

 中倉さんはとても優しい。だから、授業についていけていない私をこれ以上置いてけぼりにしないように、歩く速さを私に合わせてくれる。だけど、その優しさがとても申し訳なかった。本気を出せば先生よりも上手なのに、私の背中を押すように並走してくれる。何度授業を重ねても成長しない私に、

「Good!I like Japanese too!」

 などと優しい言葉をかけてくれる。

 その優しさが、とても申し訳なかった。


「…Hey,Mariko?話の続きだけど。」

 どうやら私はしばらく感傷に浸っていたらしい。

「あ…すみません。英語が得意な人の話しでしたよね。確かにいますよ。こないだのテストで98点なんか取っちゃって。もちろん学年1位でしたよ。あんな点数取れたら、私も英語を好きになれるんだろうなぁって…。」

 いいなぁ中倉さん、うらやましい。なんて考えている私を、カテさんはニヤニヤしながら見ている。

「そうよねそうよね!英語が得意だったら自分の人生どれだけバラ色になるか、どれだけ理想の自分になれるか、考えちゃうわよね〜。」

「いや、そこまでじゃないですけど…。」

 人を小バカにしたようなカテさんを前につい否定してしまったが、似たようなことを考えたことはある。なんなら今も考えている。

「フフッ。いいのよ隠さなくてっ!…でもその考えね、私に言わせればNonsenseよ。」

「…は?」

 さっきからなんなんだこの人は。人のことおちょくっているばっかで、具体的なことをなんにも教えてくれないじゃないか!

「いい加減にしてください。私だって英語が得意になりたい。好きになりたい!自分に自信を持てるようになりたい!!」


 抑えていた感情が、爆発した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カテ先生の秘密の授業 とくさ @Tokusa88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画