1時間目 英語と自分を

 どう考えても夢に違いない。お風呂のポスターから煙が出てきたと思ったら、気づいたら教室にいて目の前にはポスターのキャラクターがいる。

「Hello.Nice to meet you.」

 しかも最悪なことに英語で話しかけてきた。夢ならもっといい夢にしてほしい。

「Hey!!Are you OK?」

 青い目の英語ポスターのキャラクターは、返答が無かったことに怒ったのか、少し不機嫌そうに質問してきた。マズい。これはなにか返さないと。私は英語が出来ないが、授業にはなんとかついていかなくちゃいけなかった。間違えでもしたら恥ずかしいから。授業では毎回、最初に近くの人と挨拶の練習をする。恥をかかないために、私は必死でこの言葉を覚えた。

「…Hello.Nice to meet you too.」

「OK.Good job!What's your name?」

 完全に何を言っているのか分からなくなった。ネームとか言っているのは何となく分かるけど、どう答えていいか分からない。大体、早口過ぎる。きっと発音も学校の先生よりずっと上手なんだろう。全く聞き取れない。

「Hey!What’s your name?」

 今度はさっきよりもゆっくり話しかけてきた。たぶん、私の名前を聞かれている。でも、答えようがない。分からないから。

 ここで私はあることに気がついた。この人、実は日本語喋れるんじゃないかと。教室には今、この人と私の2人っきりだ。教室に来たときに聞こえた日本語を話した人はこの人に違いない。試しに日本語で話しかけてみよう。

「あの、あなた、日本語話せますよね?」

「・・・。」

 また少し不機嫌になった。おもちゃを取り上げられた子どもみたいだ。そして、さっきから私にずっと話しかけてきていたのに、急に黙ってしまった。きっと図星だ。

「さっきから何なんですか?まずここはどこです?あなたは誰なんです?」

 私が質問攻めにすると、むっつりしていたのに段々笑顔になっていった。意味が分からない。

「…さすが麻由子の妹ね。」

「えっ?」

 なんで私のお姉ちゃんの名前を?

「はじめまして。私は、あなたが名前を間違えたポスターのキャラクターcharacterよ。」

 うすうす勘づいていたけど、改めて言われると混乱する。キャラクター、カテさんの日本語は、英語のアクセントがあるけど、とても流暢だった。

「そしてここはね、ポスターの中。あなたが名前を間違えたから、もう私、腹が立っちゃって。あなたが英語を好きになるまで帰さないって決めたの。」

 そう言うとカテさんは、いたずらっ子がする笑みを浮かべた。

「嘘でしょ?ポスターの中?でもここ、私の教室…。」

「当たり前じゃない。ここのfogは、あなたの記憶の中から1番英語の勉強をしやすい場所を選んで映してくれるの。ほら、私が設定を変えれば、どこを映すか自由自在!」

 そう言うと、カテさんは手を叩いた。

「あれ!?ここ、おばあちゃん家!?」

 一瞬で教室が小さい頃に亡くなってしまったおばあちゃんの家の玄関に変わってしまった。

「まだまだ!!」

 どんどん手を叩く。叩くたびに景色もどんどん変わる。それでもカテさんは手を叩くのをやめない。

「ストップストップ!もう目が回っちゃいそうです!」

 私がこういうと、やっと叩くのをやめてくれた。どう?すごいでしょう?と言わんばかりにこちらを見てくる。

「…はいはい。すごいですよ。」

 茶目っ気たっぷりの笑顔が広がった。分かりやすい人だ。

「それで、いつ帰してくれるんですか?」

「さっきも言った通り、あなたが英語を好きになったら。」

「まさかそれ、本気なんですか?だったら私は一生ここから出られませんよ。」

「あなたこそ本気でそんなこと言ってるの?これから生きていくときに、英語は好きな人も嫌いな人もみんなやる必要があるのよ?だったら好きになった方がお得じゃない。」

 この言い方にはちょっとイラッと来た。

「そりゃ私だって出来ることなら好きになりたいですよ!公立高校受験で英語は必須だし、グローバル化が進むであろう未来を生きるうえで英語は出来たほうが選択肢が広がるのは分かっていますが、嫌いなものは嫌いなんですよ!!」

 そう言うと、カテさんは驚いて固まってしまった。

「…すみません。大きな声だして。」

 本当は謝りたくないけど、と心の中で呟いた。するとカテさんは、苦笑いをしてこう言った。

あら、Oh, いいのよ。逆に、ちゃんと謝れる子で安心したわ。それに、意外とちゃんと考えているのね。さすが麻由子の妹。その通りThat's right。英語は、未来を明るくするために必要不可欠。でも、あなたは見たところ、かなり英語が嫌いなようね。」

「…はい。認めたくないけど。」

「いいわねぇ、その負けず嫌い!気に入ったわ。あなたはとっても賢い。自分では気づいていないだけでね。でも大丈夫。私が、あなたが英語と自分を好きになれる秘密の授業lessonをしてあげる。」

「私が、英語と自分を好きになれる…?」

 そんなことが出来るなんて夢みたいだ。私は英語も嫌いだし、英語が嫌いな自分も嫌いだ。これを変えれるなら、私は…。

「分かりました。先に言っておきますが、私は勝手にここへ連れてきたことはまだ許していませんし、あなたを信用したわけではありません。ですが…。」

 私は、私を変えたい。

「その授業、喜んで受けて立ちましょう。」

「いいわねぇ、その目!8年前を思い出すわ。大丈夫、私に任せて。英語を好きになるなんて、ケーキcakeを作るより簡単なことよ。」

 そう言うと、カテさんはまた、茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべた。

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カテ先生の秘密の授業 とくさ @Tokusa88

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