第94話 食中毒
二日目は皆大分元気になったようで、ルゼは宿直室の換気をしながら、早く動きたそうな騎士たちを抑えて細かい傷の手当をしていた。
「あの、こんな小さな傷は気にしなくても良いかと思いますが」
「擦り傷も菌が入ったら酷くなる場合がありますから。いつでも治療しますから、気兼ねなく私に声をかけてほしいです」
「はあ……」
「熱っぽいですか? すみません、無理をさせてしまいましたね」
「いえ! こちらこそすみません!」
上半身を晒した騎士の体が多少熱い気がしたのだが、熱はないようだ。
そうして初日の殺伐とした空気はなくなり、二日目はルゼを中心に11名の騎士たちで、和気藹々とクラウスの武功について話したのだった。
✽ ✽ ✽
三日目の午後、ルゼは訓練場の隅で、イダチを収穫したという騎士を相手に説明をしていた。気になるのか、アランを含めた11名の騎士と、なぜかクラウスもいる。
「よろしいですか、こちらがイダチの茎で、こちらがヒメイダチの茎です」
イダチは先端にかけて細くなる長い緑色の葉を持つ植物であり、ヒメイダチは白い花と球根のついた植物である。
ルゼはイダチとヒメイダチを根から引き抜いたものを地面に並べて提示していた。
「皆様が口にしたものは、ヒメイダチというイダチによく似た有毒の植物です。球根から、茎、花、実に至るまで全ての部分に毒があります。加熱しても毒はなくなりません。1本が致死量ですのでお気をつけて召し上がってください」
「い……いえ、二度と食べませんが……。茎だけ見ればそっくりですが、根が埋まっている場合、どのように見分ければよろしいのでしょうか」
ルゼに向き合って地面に座る騎士が、困惑気味にそう尋ねた。
「違いは沢山ありますが、一番わかりやすいのは香りです」
「香り?」
「はい。イダチの方には特有の香りがあります。鼻を刺すようなにおいですので、すぐに分かるかと思いますよ」
ルゼはそう言って二種類の茎を掲げて、嫌そうな顔をしている一人の騎士に無理矢理嗅がせた。
「茎の厚さも違いますので、この機会に覚えて帰ってください。イダチの茎の方が多少厚みがあります」
「確かに……。すみません。知識が足りないままに採集してしまって」
騎士が二本の植物を眺めてため息をついているが、ルゼはこの日の本当の本題を質問した。
「お腹が空いていたのですか?」
「え?」
「今度一緒に山菜採りに行きませんか?」
「え!?」
ルゼはあの日から、外に生っているものを採って自分で調理する人間が自分以外にもいたことに、胸を高鳴らせていたのだった。
クラウスが怪訝な表情でルゼを見下ろし、聞かれた騎士が罰の悪そうな顔をしている。
「イダチはよく子どもの時に食べていたので、懐かしくなってしまって」
「幼年の頃は、外から採ってきた植物を召し上がっていたのですか?」
「外というか、主に山です。木の実か柔らかい草を採っていました」
「もしかして北の方にお住まいでしたか」
「はい。ここは温かいためにイダチをあまり見かけませんので、つい……。毒のある方だったようですが」
終始申し訳無さそうな顔をしている騎士に対し、ルゼはその話を聞いて目を輝かせた。
「この前イダチが咲く場所を見つけたので一緒に行きましょう。それと、山も良いですが川の近くにもおいしい植物と小さな生き物がいますので、そこも案内したいです」
「は……いえ! 口頭でお聞かせ願えますか」
「え……折角ですし行きた」
「いえ! 俺は一人で山を登るタイプですので」
「なるほど! 無理強いしてしまってすみません」
「あ……いえ……」
ルゼは上機嫌で提案したのだが、背後にいるクラウスに視線をやった騎士に即座に断られてしまった。断った割にはどこか残念そうな顔をしており、それを見ている騎士はニヤニヤしている。
「有毒かどうか分からなければ見せに来てくださいね」
「は……はい! あの、ありがとうございました!」
「いえ、私の知識でどうにかなるもので良かったです。騎士様は健康なお体が命でしょうから。暫くは体に良いものを召し上がってくださいね」
「は……」
「花壇に野菜が植わっていますので、ご自由に召し上がってください」
「や、野菜を育てているのですか」
「量が多すぎて困っています」
ルゼはいつも収穫して適当に刻んだら水で煮るのだが、食べる端から野菜が育っていくのだった。
ルゼが二種類の植物を掴んで立ち上がると、騎士の男性も立ち上がって深く頭を下げた。
「……ありがとうございます!」
「いえ。大事に至らなかったようで何よりです」
ルゼはそう言って微笑むと、温室へ向かうのだった。
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