第85話 走馬灯
「一緒に死んでください」
強く光る丸い瞳を、クラウスは正面から見つめ返す。
「……お前は……」
「聞くものか!!!」
ルゼはそう叫ぶと両手で剣を握りしめて高く振り上げ、クラウスの心臓を剣で貫いた。
ズグ、と腐った肉に刃物が突き刺さる感覚が伝わる。血が剣を伝って流れ落ち、ルゼが剣を引き抜くとクラウスは糸が切れたように地面に倒れた。
ルゼは血の滴る剣を持ち、鮮血を流して倒れるクラウスをぼんやりと見下ろす。
「──ルゼ・レンメルを捕縛しろ!!」
「殿下!!」
「魔法の使用を許可する!!」
騎士がそう叫びながら駆け寄ってくる声が微かに聞こえてくる。
騎士がルゼの肩に触れた瞬間、剣を逆手に持って自分の心臓を貫き、涙を流してクラウスの上へ倒れるのだった。
* * *
「魔女の力は魔力の込められた血液を垂らすことで発動すると言われている。効果の対象は一定の範囲内にいる不特定多数の人間なんだけどね」
「ルゼちゃんも、魔女の可能性が高いんだよ!」
「背中に剣で貫かれたような傷痕がある」
「胸にもあるんですよ!」
「見せなくていい!」
「この苦しみは、私が誰かのために行動することができた証なんです」
「人はそれほど単純には生きられませんよ」
「私も、いざというときには殿下を助けに参りますからね」
「一生をかけて全力で殿下を幸せにします」
「一緒に死んでください」
「ルゼ!!!」
クラウスはルゼの上体を起こすと肩を揺さぶり、ルゼの頭に届くように大きな声で名を呼んだ。
(くそ、傷は治っているのになぜ正気に戻らない……!?)
目や耳、鼻や口からゴボゴボと血を吹き出し、首と両腕を力なくダラリと垂らしたまま、クラウスが揺する度に糸の切れた人形のように力なく揺れる。
「ルゼ、息をしろ!!」
クラウスはルゼの顔を下に向けて背中を叩き、血を吐き出させた。ボタボタとルゼの口や鼻から血が溢れ、クラウスの足に飛びかかる。
(体が負荷に耐えきれなかったのか……? 魔力が足りていない!)
クラウスが目覚めたときには駆けつけた騎士と増援の騎士が皆魔力を吸われて周囲に倒れており、おそらく彼らの魔力を利用して二人は蘇生したと考えられた。しかし、ルゼは傷が治ってはいるものの魔力が枯渇しているようで、意識を取り戻すには至らなかったようである。
ルゼの体は魔力が枯渇した状態にあるのだが、過剰な魔力を吸収したときの症状のように、ミチミチと音を立てて肉が裂け、そこから血が噴き出していた。
指輪が膨大な魔力を吸収した影響か、パキパキとひび割れている。
「ルゼ!!!」
ルゼの耳から流れる血を拭って再度ルゼに聞こえるように叫んだのだが、ルゼは脱力した状態で血を流したまま何の反応も示さない。
「チッ」
クラウスはルゼの顔を少し上げると自分の顔を下から潜らせるようにして近づけ、血に溢れたルゼの口内に自分の舌を入れた。
ルゼの舌と自分の舌を重ね、自分の体内にあるだけの魔力をルゼに注ぎ込む。
パキパキと音を立ててひび割れていた指輪が、バキンッと大きな音を立てて一瞬で粉々に砕け散った。
「───ルゼ」
クラウスはルゼの目を見ると、ふ、と目を細め、ルゼを抱きしめたまま倒れるのだった。
* * *
クラウスを抱きしめて泣く小さなルゼの前に、剣を掲げたカイルが立っている。
「ルゼ! まだ間に合う、正気に戻れ! 今のお前は泣いてるだけの子供じゃないはずだ!」
小さなルゼはしゃくり上げながら兄を見上げた。
「でもっ、私のせいでクラウスさまが死にかけてるんだよ! お母様も、お父様も殺されちゃった!! わた、わたしが魔女だって分かってたら、助けられたかもしれないのに!!」
カイルはそう言って泣きじゃくるルゼを見下ろすとゆっくりと剣を収めてルゼに歩み寄る。
「な、なに……」
ルゼは兄の怖い顔に涙を止めたのだが、カイルは屈んでルゼと目線を合わせると、ルゼの肩に手を置いてにかっと笑った。
「言いたくはないが、お前が来る随分前に父様は殺されていた! おそらく間に合わなかったと思う!!」
「でも兄様だけでも助けられたかもしれないじゃん!!」
「小さいお前では無理だったんだろう!!」
ルゼは兄を睨み付けて反論したのだが、カイルの笑顔に再び泣きながら叫んだ。
「なんで死ぬんだよ!!」
ルゼの言葉にカイルは驚いたように目を丸くすると、ルゼの頭にぽんと手を置き、眉を下げて笑った。
「仕方のないこともあるさ」
「私がいたからでしょ!?」
「そうだよ」
ルゼは兄の静かな肯定に顔を上げ、カイルを正面から見つめた。
カイルはルゼの泣き顔に吹き出すと、ルゼの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「お前がいて良かったよ」
「……みんな死んじゃったんだよお……」
「生きてる人たちもいるだろう!」
「いないよ!!」
ルゼがそう叫ぶと、兄が怒ったように頭に拳骨を振り下ろした。
「痛いっ」
ルゼが頭を両手で押えながら兄を見上げると、カイルは朗らかに笑って言った。
「前を向け! お前を呼んでいる人がいるはずだ。悲しませてはいけないよ」
「───ルゼ!」
自分の名を呼ぶ声がする。ルゼは夢の狭間でぼやけた頭を徐々に醒ましていった。
(……なに? ねむい……)
「ルゼ!!」
聞き慣れた声に耳を傾けながら再度眠りにつこうとしたのだが、口の中に異物が入ってくる。
(……く、くるしい……!!)
ルゼはあまりの息苦しさに目の前に座る人物を弱い力で押し退け、ゴホゴホと咳き込んで口の中にあるものを吐き出した。
顔を上げると、ぼやけた視界に見慣れない顔がぼんやりと映る。
「……くらうす……さま……」
ルゼは薄く微笑んでそう呟くと、目を瞑って再び眠りについたのだった。
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