第81話 小さな少年

 ルゼ達のいるところは廃れた教会であるようで、破れたステンドグラスから月の光が差し込んでいる。


(夜になってる·····。しかも森の中だ……)


 ルゼは二人だけ逃がして自分は他の子供達を探すつもりだったのだが、ノアが自分も残ると言ったため、3人で他の子供達を探して教会内を歩き回っていた。


「ねえ、今逃げた方が安全だと思うんだけどいいの?」

「出たところでどこに行けばいいのか分からないって言ってるでしょ」


 ヨハンは魔力源になる子供を集めに出ているのだろう、というルゼとノアの推理から、ルゼが眠らないようにという意図もあって二人はずっと会話をしていた。

 なんだか絶望に打ちひしがれていたノアも、檻から出れば多少は元気が出たようである。


「え~……他の子を見捨ててノア達と逃げるのが正しいんだろうなあ」

「助けが来るんでしょ?」

「確証はないな」

「間に合わなかったらみんなで死ねばいいんだよ」

「……何歳なの?」

「十」

「小さいなあ」

「お姉さんは?」

「十六」

「ふーん」

「興味ないねえ」


 ルゼは眠り込むリタを抱えながら、ノアと一緒にしらみつぶしに部屋を探していた。


「お姉さん本当に死なないの?」


 ノアはリタと一緒に怯えていたように見えたが、あの会話をかなり聞いていたようであった。

 ヨハンの言う通りであれば、ルゼは不死身の魔女らしい。


「どうかな。死なないことが分かるには、一度死なないといけない」

「死んだことないの?」

「まさか君は死んだことがあると言うのかね」

「危なくなったらお姉さんを盾にするね」

「良い性格してますね」

「魔女だったらいいね」

「どうかなあ」


 ルゼはそんなことを話しながら鍵を挿して扉を開けると、中に60人ほど子供がいた。息がありそうな子供が半数、横たわった子供が半数であった。


(……においがすごい……)


 既に息がないのかもしれない、と思うほどに鼻を刺す臭いが充満している。


(なんだあれ……。水晶?)


 部屋の隅にある机の上に水晶のような物が置いてあり、異様な存在感を放っている。ルゼは部屋に入ると床に横たわる子どもたちを踏んでしまわないように注意しながら進み、それに触れた。


「!!」

(魔力吸収の鉱石だ……! 子供達から吸い取った魔力を蓄積しているんだわ……)


 すぐに手を放すと水晶に手を伸ばそうとしているノアの手の甲をはたき、周囲を見渡した。生きているようには見えない子供たちが転がっている。


 ルゼは未だに気絶したままのリタを部屋の隅に座らせ、水晶を持って部屋を出ると鍵を閉め、結界魔法をかけた。


「……君はいつまでついてくるんだね」


 他の子供達を見つけたら二人もそこに置いて行くつもりだったのだが、ノアはルゼのスカートを握りしめたままついてきていた。


「お姉さんの近くが一番安全そうなんだもん」

「一番危険だと思うよ。向こうは結界魔法もかけたし、助けが来るまで待ってた方が良いんじゃない? 戻ろうよ」


 大げさに怯えてみせて先程の部屋へ引き戻そうとしたのだが、ノアはルゼを見ることなく返答した。


「でも、お姉さんを助けに来た人が僕を助けるとは限らないでしょ?」

「……そんなことはないと思うけど」

(……クラウス様は多分捨て置くだろうな……)

「あの部屋は入ったら出られそうにないし、僕は助かるなら助かりたい」

「この数分で変わったね……。嬉しいよ」


 教会の礼拝堂の一番前にある台に水晶を置くと、ノアと手を繋いだ。ノアはルゼの手を握り返しながら、先程と変わらない声量で尋ねる。


「僕邪魔?」

「危なくなったら一緒に死んでくれるんでしょ」

「守ってくれるんでしょ」

「無茶言うな」

「お姉さんが言ったんだよ」


 廃教会には座席が四列あり、ルゼは出入り口から一番遠い右の最奥列に腰を下ろすと背もたれに身を委ねて深く腰掛けた。膝の上にノアを載せて頭を撫で、明るい声を出す。


「良い知らせと悪い知らせがあります」

「……良い知らせは」

「魔法がまだ結構使える」

「悪い知らせは?」

「今のは嘘。あとかなり寝そう」

「……最悪だ……」

「あははは早く戻りなさいよ」

「やだ……」

「いてくれて心強いよ」


 この小さな少年も、寂しいのかもしれない。

 ルゼはノアの頭に顔を埋めてウトウトと目を瞑ったのだが、ノアに頭突きを食らったため額を押えて頭を起こした。


「……どっちも来ないね」


 ノアが不安げに小さく呟いた。

 どっちも、というのは、未だに姿を現さないヨハンと、ルゼの言う助けのことだろう。


「うーん。殺す前に助かるか寝るかだな」

「寝ないで」

「ぐえっ……君なかなか……」


 ノアがルゼの怪我している太ももを殴り、その鈍い痛みに目を覚ます。ノアはルゼの腕を自分の前に回して尋ねた。


「お姉さんなんであの人を殺したいの? 部屋で待つか逃げるかした方が良いと思うんだけど」

「隠れたいの?」

「でもお姉さんが死ぬときに一人だったら可哀想だから」


 でも、ということは隠れたいのだろう。本当になぜついてきているのかわからない。


「君の方が可哀想だと思うんだけどなあ」

「僕かわいそう?」

「うん。誰も助けに来てくれないんだろ」

「なんでこうなったのかな?」

「運が悪かったからだよ」


 ルゼの一言にノアが再度下から頭突きをし、その勢いにルゼの鼻から血が噴き出した。


「痛いよ」

「なんで殺したいの?」

「自由になりたいから」

「力があっていいね」

「頑張りました」

「運が良かっただけじゃないの」

「そう思うよ」


 ノアがもう一度頭を顔にぶつけようとしてくるので、ルゼはノアの頭を止めると抱きしめ、耳元で小さく呪文を唱えた。ルゼを囲っていた結界が壊れ、ノアに球状の結界が張られる。


「……なんで僕?」

「ノアの方が体が小さいからね、使う魔力の量が少ない。これでもう少し魔法が使えそうです。ちなみにそれは低級の魔法しか防げない質の悪いものでございます」


 強いて言えば、二人分の結界を張るだけの余力がなかっただけである。


「お姉さんはどうするの?」

「私はこの前、剣で魔法を反射できることを知ったので、自力で守ります」

「へえ~」


 ノアは結界が見えているのか、手を伸ばしたり縮めたりして確認している。結界の出来に満足したのかルゼの方を振り向くと、片耳のイヤリングを握りしめた。


「うおああ! 何なさってるんですか!」


 ルゼは手加減せずにノアの手をはたいたため、ノアは手の甲を痛そうにさすっている。


「その石はそんなに魔力がとられないから平気だよ!」

「そういう問題ではないです! あなたは恐怖心もなさそうですし身を守る術ももっているんだから、私を気にせず自分の身だけを守っててください! それにこれは大切な石なんです!」

「優しさでしょ!」

「優しさとかいらない!」

「せっかく僕が……む」


 ルゼは怒鳴ろうとするノアの口を片手で塞ぐと椅子の間に隠し、ノアの目を見つめて口元に人差し指を立てると立ち上がった。

 遠くの入口に人の影が映し出されている。

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