第78話 転移
「怖い顔」
「……」
ルゼの眉間に寄った皺を、シャーロットが人差し指を置いて伸ばした。
ルゼはあの後午後から学院に行ったのだが、運悪く欠席した授業の中に薬学があったため課題の再提出を言いつけられ、薬草採取がめんどくさかったので放課後中庭のベンチに座ってぼんやりしていたのである。
「……シャーロット様! 珍しいですね、放課後に中庭に来るの」
ルゼがシャーロットの顔にはっとして笑顔でそう言うと、シャーロットは小さく笑ってルゼの隣に座った。
「何かあったの?」
「いえ」
「話してみなさいよ。聞くだけならしてあげるわ」
シャーロットは楽しそうに微笑みながらつんつんとルゼの頬をつついた。聞くだけならしてあげる、というのがなんとも心優しいお嬢様のシャーロットらしい。
ルゼは全て見透かしていそうなシャーロットを横目で見ると、悩んだ末におずおずと口を開く。
「……いるだけで迷惑をかけていると……」
「ごめんなさい、聞くだけもできなさそうだわ」
(やはり……)
シャーロットは意味の無い暗い話が嫌いなのである。ルゼは微笑むシャーロットを見つめると、真剣な顔をして言った。
「私を蔑んでください」
「暗い顔ばかりで鬱陶しいし気持ち悪いし」
「もういいです」
思ったよりも容赦のない侮蔑に、ルゼはすっ……と顔をなくすとため息を付いた。その様子に、シャーロットが面倒くさそうに話し出す。
「あなたを迷惑と思っているかどうかなんて、聞かなければ分からないじゃないの。それにあなた、全部自分のせいにして楽に解決しようとしてるだけよ」
「でも迷惑と思われていなかったとしても、私のせいで無理する人がいるんですよ。どうすればやめてくれるのか分かりません」
「あの人が勝手にしていることでしょうし、感謝して享受しておけばいいじゃないの。何を悩むことがあるのかしら」
(……クラウス様とか言ってないのに……)
そんな、一方的に奪い取るような真似はできない。
「だってあの人は私の父でも兄でもないんですよ。見返りを求めない関係なんてあるはずがないです」
「見返りがあるからしているのではないかしら」
「例えば何の」
「そのくらい自分で考えなさい」
ルゼは、最早会話をする気のないシャーロットから目をそらすと、ベンチに深く腰掛けて大きくため息をついた。しかしシャーロットは小さく笑うと、不貞腐れているルゼの頭を撫でるのである。
「も~撫でないでっていつも……」
「私はあなたの過去に何があったのかなんて知らないけど、幸せになっていいのよ」
笑顔を固くしたルゼの頬を、シャーロットがムニムニとつまんでいる。
「……楽しいですけど」
「いつも苦しそうだわ」
「……」
「ふふ」
それが、鬱陶しいし気持ち悪いしと言われる原因なのだろう。
シャーロットは楽しそうに笑うと立ち上がり、ルゼの手を引っ張って立ち上がらせた。
「私の薬草をあげるから早く課題を提出なさいよ」
「……元は私のですけどね」
「私の薬草を全滅させたのは誰だったかしら」
「さあ薬草を採りに行きましょうか!」
ルゼは自分の畝で野菜を育てているのだが、その野菜が立派に育った代わりに隣接していたシャーロットの畝から魔力を引っ張ってきていたようで、シャーロットの薬草は全滅していた。
ルゼはシャーロットと繋いだ手を誤魔化すようにぶんぶんと振り回して畑へと向かった。
畑に着くと、野菜しか植わっていないルゼの畝の前に、背の高い一人の男性が立っていた。土に刺さっている、「レンメル」と汚い字で書かれた札を見ているようである。
(……誰だろ?)
「どなた?」
ルゼは無意識にシャーロットの手を握る指に力を込めたのだが、シャーロットは臆することなくその男性に声をかけている。
男性は振り返ると声を発さないままゆっくりとルゼの前まで近づき、ルゼの前髪をかきあげた。
「……あの」
「あの女にそっくりだ」
男が小さくそう呟くと同時にルゼはシャーロットの額に人差し指をたて、素早く呪文を唱えた。
「すみません飛ばします!!」
「なに……」
そう叫ぶとシャーロットはルゼの転移魔法で消え、ルゼは男に殴打されて気を失ったのだった。
* * *
ルゼは目が覚めると暗い地下牢にいた。
壁に埋め込まれた金属の棒は先端が輪の形をしており、そこに通された鎖の先につけられた足枷によってルゼの両足は拘束されている。両腕は間を鎖で繋がれた手枷で拘束された状態で後ろに回され、コンクリートの上に横たわっているようであった。
(……誰かいる……)
同じ地下牢の端の方に小さな魔力が二つ、怯えるように固まってこちらを見ている。
ルゼは身を起こすと両腕を左右に広げて手枷の鎖を伸ばし、肩を半周させて手を前に動かした。
「ひっ……」
そのおおよそ人外に近い肩と肋骨の可動域に、少女が小さな悲鳴を上げ、隣に座っていた子供が口を塞いで抑えている。
ルゼは壁に身を寄せて座り、その二人以外誰もいないことを確認すると小さな声で話した。
「……あの、ここがどこだか分かる……?」
ルゼの声に小さな二つの人影はびくりと肩を揺らして身を寄せ合ったが、暫くして一人が小さな声で返事をした。
「……きょうかい……」
「教会?」
「……うん。ここは、魔法が使えない部屋」
声からして、7歳ほどの幼い女の子のようだ。この湿ったコンクリートしかない一室は、地下牢ではなく廃教会であるらしい。どこかの一室を改築して牢屋のようにしたのかもしれない。
(魔法が使えない部屋……)
ルゼは小さく呪文を唱えて火の魔法を発動させたのだが、少女の言う通りルゼのいる部屋の床には魔法が使えないように魔法陣が描かれているらしく、床に刻まれた丸い魔法陣が淡く浮かび上がるだけで、他には何も起こらなかった。
その詠唱の声で子供達を余計に怯えさせてしまったため、ルゼは再度小さな声で話しかけた。
「……他にも捕まってる子がいたりする?」
「……うん」
魔法が使えない子どもは別の部屋に分けているのかもしれない。
「……いつからここにいるの?」
「……ここ窓がないから……」
窓がなくコンクリートで四方を固められた部屋では、何日が経過したのかも分からないのだろう。魔法を使えるだけの魔力と知識を持った子だけが、ここで監禁されているのだろう。
(……もしかして、売られた子供達を買い取ってたのはここだったりするのかな……)
ルゼは子供達を載せた船で聞いた話を思い出しながらそう考え、怯えさせないように注意しながら二人に話しかけた。
「……ここから逃げられたら、一緒に逃げる?」
その質問に、二人とも息を潜めてルゼを見つめた。しかし、ルゼの笑顔にもう一人の子供はふいと顔を下げる。
「……僕はいいや」
「そっか」
もう一人は変声期前の幼い少年のようだ。
ルゼと少年がそう話していると、隣で聞いていた少女が泣きそうな声で呟いた。
「……わたしはでたい」
少年は少女のこの要望を聞き飽きているのか、その声に小さくため息のような息を吐いている。
ルゼは少女を元気づけるように、暗くて見えないだろうが、にこりと笑って返事をした。
「……分かった! 遅くなってごめんね」
ルゼは少女に笑いかけると壁に背をつけて座り、大きく息を吐いて気合を入れた。
「二人とも、名前聞いていい? 私はルゼだよ」
ルゼの明るい声に二人は顔を見合わせると、女の子の方からおずおずと返事をしてくれた。
「……リタ」
「……僕はない……けど、ノアって呼ばれたことはある……」
「よし! リタさん、私が絶対に助けるよ。ノア君、君がなんと言おうと私は君も救いたい!」
二人の子供がルゼを見上げる。しかし、ノアはすぐに頭を下げると小さく低い声下呟いた。
「……できないでしょ」
「そんなことはない!」
間髪入れないルゼの否定に、ノアは再度頭を上げてルゼを見つめた。
「何も知らないくせに勝手なこと言わないで」
「何もしてないくせに諦めてるだけでしょ」
「お姉さんに何が分かるの?」
「……何もわ」
「こっちに来ないで! 話すだけならそこにいてもできるでしょ!」
「すみません!」
ルゼは調子に乗って二人のところに移動しようとしたのだが、この日一番のノアの大きな声によって止められてしまった。
再び同じ所に腰を下ろしてノアの言葉を待っていると、ノアは小さく息を吸ってルゼを見ずに口を開いた。
「僕を救うってどうやって」
「とりあえずここから出す」
「それで救うとか言わないで」
「ならどうやったら救われるの」
ルゼの問いかけにノアは黙り込み、リタは耳を塞いでうずくまっている。
「……私は」
「黙ってて!」
ノアの叫びに隣にいたリタが泣き出しそうになったため、ルゼは急いで立ち上がるとリタの口を塞いだ。突然隣に来たルゼにノアが怯えた表情で横へ動いたのだが、ルゼはリタを見つめながらノアの頭に優しく手を乗せた。
ノアの小さな肩がびくりと揺れる。
「ほんとにごめん。多分全部私のせいなんだけど、文句は後で聞くから何があっても隅っこでおとなしくしててね」
ルゼはリタに笑いかけながらそう言うと立ち上がり、足枷の許す距離まで歩いて檻に近づいた。
2つの足音が牢に近づいてきたのである。
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