第74話 輪になって踊る

 ルゼはクラウスのいる執務室へ向かいながら、先程のイェリクとの問答を思い出し自己嫌悪に陥っていた。


(……こんなに怒りやすい人間じゃなかった気がするんだけどな……)


 人と話す機会が少ないせいで、怒りやすかったかどうかもわからない。

 執務室の扉を開けると挨拶をしようとしたのだが、眼前の光景に咄嗟に口を閉じた。クラウスがソファに座り、腕を組んで寝ている。


(……なぜソファで? せめて横になれば良いのに……。やっぱり私のせいで眠れなかったのかな)


 お化けは怖いのだが、そのせいでクラウスの安眠を邪魔したくはない。しかしお化けは怖かった。


 ルゼはソファの座る部分のクッションを背にしてクラウスの足下に座ると、魔法で花を一本ずつ生成した。


(ガーベラ、ジャスミン、……、ピンク、白、赤、……)


 ぽんぽんと花を出すと、いくつかは結んで輪の形にし、いくつかは束にして紐でまとめた。

 完成すると起こさないように花冠をそっとクラウスの頭に乗せた。ソファにも数本花を置き、束ねた数本の花は自分で持って小さく揺らす。


「な……んの祭壇ですか?」


 ウォルターが音もなく入ってくると、花で飾り付けられた皇太子と花を揺らすルゼに固まった笑顔で尋ねた。


「よく眠れるよう、植物の力を借りています」

「……そういうのは鉢植えか何かに入れて、枕元にでも置いておくのではないのでしょうか」

「良い感じの容器が無かったので。それに、距離が近いほど効果がありそうですよね」

「……そういった類のものでしたかね」


 ウォルターはクラウスの机の上に置いてある書類に次々と目を通しながら、ルゼの主張を飲み込もうとしてくれていた。

 ルゼは眠るクラウスを見つめながらウォルターに尋ねる。


「この方、いつもあまり寝ていないのですか?」

「そうですね。昔からなぜか部屋で寝ずに椅子の上でお眠りになるんですよ」

「えー……。昔·····」

「私がここに入る音で起こしてしまうのが申し訳ないです」


 ルゼは花束を揺らすのを止めるとウォルターの方を見た。


「……もしかしてこのクラウス様は起きていらっしゃるのですか?」

「寝ているように見えますけどね」

「お」

「あ、起きてますね」

「え」


 ルゼが振り返ると同時にクラウスは自分の頭から花冠を取り、ルゼの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「わっ。何……」

「お前の人生観は、戦を経験したことのある騎士のようだ」

「……結構聞こえてましたか?」

(恥ずかしい……)

「殿下は今朝、鳥の巣に防音の魔法をかけていらっしゃいましたしね」

(……お化け対策具体的だな……)


 ルゼは自室から見える庭でイェリクらと怒鳴り合っていたのだが、クラウスがルゼの部屋のベランダに出ていたのなら、全部聞こえていたし全て見ていたのだろう。

 脇目も振らず一方的な主張を他人に怒鳴りつけている様を見られた恥ずかしさに、身も悶える気持ちである。ヒステリックな女では嫌われてしまう。


 クラウスはウォルターからピンセットを受け取るとルゼの手を取り、その側面の柔らかい皮膚に刺さっている木屑を除きながら独り言のように話す。


「どちらかと言えば、お前はイェリクのような考えを持っていると思っていた」

「……私も意固地になって考えを改めていないだけかもしれません」

「シャーロットに薬を作ったり貧民街を改善したいと思ったりすることは、余計なことではないのか」

「……最近なぜか色々目に入ってくるんですよね」

「はは」

「も~頭撫でないでください!」


 クラウスの目にも、自分の言う生き方と実際の生き方に矛盾が見えるのだろうか。

 

 首を横に振って考えないようにすると、クラウスが手にしている花冠以外の全ての花を束ねて机に置き、ウォルターの提案を実行することにした。


「クラウス様、いつかは分かりませんが夜会があるらしいので、私と出席しましょう」

「……ウォルターか」

「風の噂です!」

「申し訳ございません」

「あれ!?」


 噂にしてくれ、と頼んだ割にウォルターはすぐに罪を認めている。

 クラウスはウォルターを睨んだ後、ルゼの真意を探るように眺めた。

 

「……お前、夜会をどのようなものだと思っている。あれはそんなに心待ちにして行くものではないし、外堀が埋まるだけだ」

「そとぼり? お酒が美味しい会って聞きました! あとは、夜会に同行したら貴方のお役に立てるようなので」


 クラウスは、夜会に行くだけで決死の思いのような目をしているルゼを一瞥すると、諭すように言った。


「俺の役に立ちたいという考え方をやめろ」

「なぜですか?」

「犬はいらない」

「飼ってくれませんか?」

「飼っているつもりもない」

「わんわん」

「……」


 畜生は、衣食住を与えられる代わりにその身で持って有用性を示すものだ。


「あとは単に行ってみたいです」

(この人は全然行きたそうではないな……)


 クラウスは夜会が嫌いなのか、話題に出したときから面倒だという気概のなさが滲み出ている。

 そしてルゼが行きたいと言えば、クラウスが悩むことも知っている。


「行くのは構わないが、ダンスはできるのか」

「踊れますよ」

「踊り……」


 明らかにダンス未経験だと思わされるルゼの言葉に、クラウスがやはり行かなくてもいいだろう、と言いたげな顔をしている。

 

 夜会に行って何をするのかあまり分かっていなかったのだが、どうやらみんなで輪になって踊るようだ。


「ダンスって舞踊ですか?」

「舞踊ができるんですか?」

「……どうして時々敬語なんですか?」

「シャーロットに言われたから」

「……」


 幼少のシャーロットに、怖いからとでも言われて矯正されたのだろうか。昔は仲が良かったのかもしれない。クラウスは、ルゼをバカにするときだけ敬語を使うようだ。


 そうしておそらく夜会に出席することが決まった。

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