第69話 疲れない体
騎士の訓練は日が昇ってから始まるようで、騎士達が徐々に隊列を組みに訓練場へ出向き始めていた。遅いと怒られている新人騎士がちらほらと見える。
「……お嬢様、それ……」
ルゼは、自分を見て絶句するアランに楽しそうに笑いかけると口を開いた。
「私だと分からないように変装してきま……たの……ぜ!」
「……なんですって」
「私だと分からないように変装してきたのさ~」
ルゼは、自分が騎士として混じっていることを気取られないように、小さくて誰も着ていないという騎士の制服に身を包み、なぜかマリーが持っていた短髪のウィッグをかぶっていた。
「設定も考えてきたんですよ。名前がエクウスで山育ちの少年。辺境の貴族の家に生まれたんです。馬に乗って家を出たのですが……」
「本名に近い方がすぐ反応できるのではないですか」
「おお! ル……ルーエンにしましょう。公爵家の長男として過ごしてきたのですが、勉強をしろという圧から……」
「分かりました。名前がルーエンの少年ですね」
「……」
ルナのときの反省を活かして名前くらいは考えてきたのだが、長い長いルゼの妄想をアランが遮った。
少し前を歩くアランを見上げ、忠告するように伝える。
「私に敬語を使わないでください。バレたら怒られるんですよ、私が殿下に」
「俺の知ったことではないですし、ヤナにはすぐにバレると思います」
「……この変装はそんなに下手ですか」
「上手過ぎるんですよ」
上手すぎてバレるとは、これいかに……。
ルゼがアランと問答していると、遅れてやってきたイェリクもルゼを見て暫く絶句した後、何かを隠すように感想を言った。
「……あそこからそこまで平らになるのはすごいですね!」
「黙れ!!」
「ルーエンです! よろしくお願いします!」
「イェリクだ! よろしく!」
「……はあー……」
アランもイェリクのおかげで悩みが絶えないのだろう、大きなため息をついている。そしていつまでも歓談してはしゃいでいる二人を引っ張るように連れ、ルゼを背に隠すようにして列に混ざり込んだ。
ヤナと呼ばれる監督代替は、アランよりも背が高いくらいの女性の騎士であるようだった。ヤナは前にある台に上るとルゼをチラリと見たため、ルゼを背に隠していたアランがびくっと身を竦めている。
(この方、嘘が苦手なのね……)
反応しなければバレないのに。
ルゼは今日の訓練の内容を話すヤナを見上げていたのだが、突然降り注ぐヤナの怒声にアランと同様びくりと身を竦めた。
「……解散! アランとその後ろにいるチビは残れ!」
「俺は関係ありません!!」
「口答えするな!」
(……二人とも声量がすごい……)
アランは逃げだそうとしていたのだが、ずかずかと歩いてきたヤナに首根っこを掴まれていた。ヤナがアランを掴んだままルゼをまじまじと観察するため、ルゼはきりりと顔を引き締めてヤナを見つめ返す。
「名前は?」
「ルーエンです!」
「私はヤナだ」
「僕はルーエンです!」
「私はヤナだが」
「ヤナ殿! 放してください!」
ヤナはアランの悲痛な叫びに手を放すと、ルゼを睨み付けた。
「……城の周りを十周してこい! アラン、お前もついて行け!」
「なぜ!? それは新人の……」
「承知いたしました!!」
ルゼはそうしてヤナに怒鳴られるまま、アランを引っ張って走りに行った。
✽ ✽ ✽
(……きつい……っ)
ルゼは今まで、魔力不足の影響もあって無理に体を動かすことをしてこなかったのだが、少しは走り込んでおけば良かったと後悔していた。
(でも、こんなに動けるようになってるって、絶対に魔力量が増えてる……)
ちょっと動けば鼻血を噴き出し、目を閉じれば眠る体力もないような頃が懐かしく感じられるくらいには、最近体調が良い。
一緒に走ってくれていたアランは小柄な騎士ではあるのだが、それでもそれほど息が上がっておらず、訓練場の端でしゃがみこむルゼを不憫な屑を見る目で見ている。
ヤナは息を上げて座り込んでいるルゼを見下ろすと、再度怒鳴りつけた。
「ルーエン! 次は腕立てと上体起こしだ! アラン、お前も一緒にしろ!」
「なぜ!?」
「承知いたしました!!」
こうしてルゼは日が暮れるまでヤナに指示されるがまま体を動かした。そしてアランも巻き込まれていた。
(楽しい……)
空が赤く染まり始めた頃、ずっと怒鳴っていたヤナが張りのある声でルゼに告げた。
「今日の訓練を一週間続けられたら、剣を握って良い」
「……分かりました! ありがとうございます!」
「お前、やる気だけはあるな」
「取り柄です!」
やる気と継続だけがルゼの取り柄だ。他の取り柄はクラウスが見出してくれればいいなと思っている。
ルゼが満面の笑みでそう言うと、ヤナは躊躇いがちに口を開いた。
「……私の名に聞き覚えはないか」
「……申し訳ございません、どこかでお会いしたことがあるのでしょうか」
「明日からはもっと厳しくする!」
「ありがとうございます!」
そうしてルゼの騎士としての一日は終わった。
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