第61話 寄り道

 ルゼはエマ奪還を目指して船上で一人、催眠袋一つと当てにしてないナイフを片手に、敵陣へ向かおうと無謀にも決意していた。


 船は魔法具で動いているのだろうか、船頭もいないようだ。後方の端の部分に船の下部へ繋がる階段があり、その連れ去られた少女はおそらく階下にいるのだろう。


(……私が動いたせいで余計に面倒なことになったらどうしようかな)


 クラウスに言われた通り一応一瞬だけ考える間を置いたのだが、決断は変わらなかった。そもそも人の決断に影響を及ぼそうとしているあの人が間違いなのだ。


 船の下部は日の光が全く届いておらず、魔法具で稼働する電球が吊されている。大きな部屋が二つ並列しており、ルゼは手前の部屋の扉に耳をあて、物音がしないことを確認してから背伸びをして奪った鍵で扉を開けた。

 中は左右に棚があるだけで埃っぽく、がらんとしているように見える。棚の一番下の段には布を被せられた木箱が入っており、布をめくると青や緑に輝く鉱石が現れた。どうやら売るものは人間に限らないらしい。


(魔力吸収の鉱石……の元か……)


 馴染み深い石だ。

 重い木箱を元通りに収納するとその上の段にあった木箱を引き出したのだが、手に何かヌルついた液体が付着した感覚がある。


(!)


 僅かだが鉄のにおいがする。まだ付着してそれほど経っていないようだ。


(……どういうこと? 子供達は売らずにここで殺すのかしら。それにしては木箱の数が足りないけど……)


 20人ほどの子供の入れられたコンテナが2つあったのに対し、空の木箱は三つ。足りないということはないのだろうけれど、それならこの3つに収まるように無作為に選ばれる子どもが余計に不憫だ。


(……エマさん探さないと)


 クラウスには体が小さくなるだけだと説明したが、本当は身体能力も全て年相応になるのだ。体の大きさが縮んだのに筋肉量は変わらないなどというのはありえない。クラウスもおそらくそれを分かった上で、ルゼに役割を与えてくれたような気がする。

 躊躇なく人を殺す人間がいるのなら、今の身体ではあまり考えなしに動き回らないほうがいいのかもしれないと思いつつ奥の部屋へ向かった。


 先程と同じように扉に耳をあてると、今度は中から大きないびきが聞こえてきた。


(三人いるみたいだけど、眠ってるなら入っても気づかれないかな。早く救出して、何事もなかった顔でクラウス様と会おう……)


 他人との信頼関係に影響するような行為は、慎重に事を運ばねばならない。行動するうえで、身勝手に動いたことを隠し通す。三者が納得する結末はこれだろう。

 そう考えながら静かに鍵を回したのだが、扉を開けた瞬間にアルコールの激臭が鼻をついた。


(酒臭い!!)


 思わず顔をしかめて鼻をつまんでしまうほど、部屋中にアルコールのにおいが充満している。

 部屋の中には想定通り三人の男が酒瓶の散らばった机に突っ伏しており、大きないびきを立てて眠っていた。酒を飲んで呑み込むようなことがある人生を送っているとも思えない。


 部屋を見渡すと、部屋の隅、棚に隠れるようにしゃがむ人間がいるようだった。

 生きているのか死んでいるのかよくわからないが、怖がらせないようゆっくりとその人物へと近づいた。


「あ……」

(生きてる……)

「ひっ……」

「!」


 ルゼが隠れていた少女を覗き込むと同時に、小さな悲鳴とともに鋭い平手打ちが飛んできた。

 向かってくる手を止めると右手で少女の口を軽く押え、にこやかに微笑む。


「……びっくりさせてごめん。エマさんであってる?」


 男達を起こさないように少女を見つめて小さな声で確認すると、少女は震えながらもこくこくと頷いてくれた。


「……静かにできる? 一緒に戻ろう」


 エマが再び頷いたので、ルゼはゆっくりとエマの口から手を放した。エマの手を握って立ち上がらせたのだが、その手は冷たく震えている。


「あ、ありがとう……」

「足元気をつけてね」


 割れたガラスと空の酒瓶が散乱している。

 ルゼはそう言うとエマと手を繋いで歩き出したのだが、エマは忠告された直後、ふらつく足で酒瓶を踏んで転倒した。


「えっ」

「えっ!」

(危ない!)


 床には割れた瓶の残骸もいくらか散乱しているのである。 

 エマを支えようとしたのだが踏ん張りも効かず、引っ張られるようにしてルゼも倒れ込んでしまった。咄嗟にエマの頭の下に右手を敷いて落ちていた酒瓶の破片から頭部を守ったのだが、床についた左手に破片が刺さってしまったらしく、クラウスが縫ってくれていた左手の傷が開いてしまった。


「きゃあっ!!」

「大丈夫!?」

(……はっ)


 エマの大きな悲鳴につられてルゼもすぐに起き上がると割と大きな声で安否確認してしまい、一人の男がその騒ぎに目が覚めてしまったようである。


「……なんだあ?」

(まずい!)

 

 急いでエマを起き上がらせると強引に引っ張って扉へ向かったのだが、急に目眩がして今度はルゼが尻餅をついてしまった。


(な、なんで? 今日はまだそんなに魔法を使ってないのに……)


 今日は先程の光の魔法を二回使ったぐらいなのだが、魔力不足のときと似たようなふらついた感覚に足がもつれてしまった。頭痛はしないものの、妙に頭がぼんやりしている。くらくらする。


 近づいてくる男に立ち上がらないルゼ、ルゼの左手からとめどなく流れる血にエマはどうすればいいのか分からないのだろう、ルゼの目の前にしゃがんで焦ったような困ったような顔をしている。


(……優し過ぎるな……)

「一人にしてごめん! 今日は絶対に助けが来るから、先に外に出ててほしい」


 ルゼはどうしても足に力が入らないため、笑顔でそう言うと近づいてくる男から見えないようにコンテナの扉の鍵を掴んでエマに押しつけ、早く部屋から出るように促した。

 エマは戸惑ってはいるものの、半泣きになりながら扉の外へと駆け出してくれた。

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