第60話 約束は順番じゃない
ルゼは咄嗟にファルの口を塞ぐと耳を澄ます。
(何!? 収容場所はここだけじゃないの?)
断片的な音が聞こえてくる。
「───放して!!」
「とっとと歩け!! おい、お前らの泣き声は癇に障るんだ。殺されたくなかったら静かにしろ!!」
(……誰か連れて行かれてる!)
くぐもっていてよく聞き取れないが、少女が誘拐先でさらに誘拐されているようである。
ルゼはナイフを両足に挟んで両手首を縛ってあった縄を切ると、立ち上がって扉についている錠を見上げた。
(ここの鍵、開けられるかな……)
ルゼたちのいる倉庫には、上部に鉄のパイプを柵状にした小窓が付いている扉があった。鍵自体は開けられそうなのだが、今のルゼの身長では届きそうにない。
「ねえ、肩車……」
ファルに肩車をしてくれないかお願いしようとしたのだが、突然開いた扉に勢いよく額をぶつけた。ゴインッと鈍い音が鳴り、ルゼはその痛みに目をチカチカさせてうずくまった。
「~~~!!」
「なんだ? おいお前、もっと奥で座っとけ!」
先程聞こえてきた声の持ち主とは違う人物のようで、怒鳴りながら横腹を蹴られた。その拍子に自由になった両手を地面につけてしまったため、男の声が一層不機嫌味を増す。
「お前、手枷がついてねえじゃねえか。面倒だな……」
男がそう言って外へ出ようとしたため、ルゼはその隙に足下を走り抜けてぬるりと外に出た。さながら猫の子である。
足元を駆け抜ける小さなものに男が慌てた声を出し、ルゼに手を伸ばしてきた。
「おい、お前……」
ルゼは振り向いて自分の口と鼻を手で覆うと、捕まえようと手を伸ばしてくる男に向かって持ってきた催眠剤を投げつけた。ちょうど顔に当たったようで、作るときに魔力を込めすぎたこともあって男は一瞬で昏倒してしまった。
(……頭打ってないかな。縛るものがないし、この人はその辺に転がしておけばいいか……)
武器らしいものも見受けられないし、目が覚めても特に脅威ではないだろう。
ルゼは男のポケットから複数の鍵がついた輪を取り出すと、他の子供達が出られないように倉庫の扉を閉めた。
ルゼ達がいたコンテナの隣にもう一つコンテナが載っており、先程大声が聞こえてきたのはおそらくそこであろう。
(……すみません。そんなに重くないと思うので……!)
脳内で謝罪するもののそこまで罪悪感はないまま、男性を踏み台にして隣のコンテナの扉を開けた。
先程男性に怒鳴られたからか、中にいた子供達は皆静かに声を潜め、突如入ってきた小さな女の子を怯えた目で見つめている。
「……誰?」
(怯えられている……)
「魔法使いだよ! みんなを助けに来たんだ!」
とか言って……。
約束を破って動き回っているただの愚かな少女である。安易な発言は改めようとつい先程思ったはずなのだが、これ以外どうしたら良いものか思いつかないのだ。
(言う割に芸はないですが……)
先程と同じように光の球を作り出すと、子供達は微かな明かりに多少なりとも緊張を解いてくれたようだった。
他の子が身を寄せ合っている中、隅の方に子供が一人蹲っている。この否が応にも孤立している様、かなり既視感がある。
「こん、にち、はあ……」
「……」
ここに社交性のない人間が2人、気持ちの悪い笑顔で知り合おうとしていた。
ルゼはしゃがんで少年と目を合わせたのだが、少年は怯えるばかりである。
「何があったのか教えてくれる?」
「……おねえちゃんが、つれてかれちゃった……」
お姉ちゃんとは実姉だろうか、などと割とどうでもいいことに気がいってしまった。
ルゼは兄のことをお兄ちゃんと呼んだことはないが、その理由は呼ぶように催促されたからである。そんな小さなことが未だに心に引っかかっている。
「一人だけ?」
「うん。おっきな男の人が急に入ってきて、つれってっちゃったんだ……」
「ほーん……」
(なんで?)
「……うっ」
聞いたくせにぼんやりしているルゼを見て少年が堪えきれずに大きな声で泣き出そうとしたため、ルゼは勢いよく立ち上がると反射的に言い放った。
「よーし、私に任せて! あなたのお姉さんを連れ戻してくる!」
「ほ、ほんと……?」
か細い声を出して自分に縋るように見つめてくる目に、ルゼは元気よく返答した。
「もちろん! あなたとお姉さんのお名前を教えてくれる?」
「……僕はヴィリ、おねえちゃんはエマ……」
「ヴィリ君! お姉さんを無事に連れ戻すまで、ここで良い子で待っていられる?」
「う、うん……」
「よし!」
ルゼは元気よく頷くと、クラウスがルゼにするように、少年の頭をわしゃわしゃと撫でた。どうにかするから元気を出してほしい。
(……クラウス様すみません!)
じっとしておけというような約束だったような気がするが、ヴィリ君とも約束してしまったので仕方がない。どちらの約束を優先的に守りたいかと言えば後者なのである。約束を、結んだ順番ではなく守りたいと思う順番に叶えようとするのは、ルゼが自分勝手だからだろう。
(救助を待つ間にエマさんに何かあったら後悔する……!)
これは自分にできることだ。
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