第3話 敬意もないです
目が覚めると誰かの部屋のベッドの上にいた。もふもふの毛布が被せられている。
(……シャーロット様のお屋敷の一室……? ……自分の部屋……ではないな)
この質の良い毛布に良い香り、絶対に自分の部屋ではない。
視線だけを動かしてあたりを見渡すのだが、見覚えのない部屋であるようだ。ルゼの部屋に比べて、広い割にあまり物がない。絨毯はなく、机と椅子、棚くらいしか置かれていないようである。
「ふかふか……」
ゆっくりと体を起こすと、自分が寝かされているベッドを軽く押した。ぐっと押し込むと柔らかい力で戻ってくる。
「……ふふ」
柔らかいものは何故か落ち着く。今後経験することはないであろう心地よい反発を、しばらくの間堪能するしかない。きっとすごく良い部屋に違いない。
「……どこなんだ……」
「俺の部屋」
「!!」
俺の部屋……
誰もいないと思っていたのだが、割と距離のある、右の方向にあの不気味な暗殺者がいるようだった。ルゼは咄嗟に声のした方向に顔を向けると、緊張に顔を強張らせた。
(この人何者……)
自然界には魔力が溢れており、生物だけではなく、その辺にある家具や壁も魔力をたたえている。無機物と違って生物の体内にある魔力は多少なりとも揺らいで見えるため、ルゼはその揺れで人を識別していた。
しかし、この人の魔力は微塵も揺らいでいないのだ。これではこの人とここにある家具たちとの判別がつけられない。少なくともルゼが今まで見たことがないくらいに、その人の中で魔力が規則正しく巡っているようだった。
「お前が気絶してから二日が経っている」
「……え!?」
(ふ、二日も!? そんなに昏睡したことない!)
体感一日にも満たないのだが、二日も眠っていたようであった。あの程度の魔力の枯渇などルゼには初めてではなかったし、気絶しても数時間で目覚めてきたのに、なぜそんなに眠ってしまったのだろうか。しかも、素性の知れない人の部屋で。
(ベ、ベッドがふかふか過ぎるのよ……!)
人としてのこの大失態を、ベッドの柔らかさのせいにした。
(……早く謝って帰ろう……)
ベッドから足を出して下りようとしたのだが、男はまだルゼを帰す気はないようである。
「待て、こちらに来い」
「……はい」
(尊大な物言い……。身分が高い方なのかしら……)
というか、大体の人間はルゼより身分が高いので困ったものだ。ルゼの身分は子爵。シャーロットは貴族。
男は自分から近寄る気はないようで、おそらく椅子に座っているかその辺に立っているかであった。
ルゼはため息に近い返事をすると、声のする方向まで慎重に歩いた。物が少ないとは言え必要最低限の家具はあるようで、どれが人間なのか分からない。仕方がないのでとりあえず割と大きな魔力をたたえている物体の前に行くと、床に座って深々と頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。この前も申し上げたとおり、私は決して怪しい者ではなく……」
「おい」
「はい?」
「それは机だ」
「……申し訳ございません」
(となると、左にあるこの二つの魔力の塊のどちらかね……)
勘でいくしかないのだが、ここで勘で行くのは憚られた。目の前の人物はルゼに観察するような視線をしきりに浴びせており、少しの油断で全ての秘密が暴かれてしまうような気がする。
(どうにかしてこの人に悟られないように、この二つのどちらとも言えないところで……)
切り抜けてみせるぞ、と意気込んでこの横暴な人間へ近づこうとしたのだが、頭上に浴びせられる視線に少し体が強張ってしまった。
「……あ……すみません。ただ今……」
なぜか落ち着かない。焦るほどに落ち着きがなくなるのだが、そんなルゼを見かねてか、男は軽くため息をつくとルゼの腕を引っ張って立ち上がらせ、ソファに座らせた。
男もその隣に座ったようだった。
(……こんな近くに座らせるなんて、私を怪しんではいないのかしら……。いえ、私が何か行動を起こしてもどうとでもできる自信があるんだわ)
この人は何を考えているのか読めない。怒鳴るなり問いただすなりすればいいのに口数は少ないし、触れる手の力はそこまで強くない。
しかし不審者のルゼ相手にこの対応。弱い者だと認定されているのだろう。
ルゼは眉間に若干の皺を寄せて、強張った声を出した。
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