第4話 というか誰だよ

「触れないでくれます?」

「だがお前、目が見えていないだろう」

「えーそんなことはないようです」

「……」

「……」

 

 不審な雰囲気を与える言い回ししかできないのか、この口は。謎の伝聞調に、無駄に訝しまれてしまっている。


「その指輪のせいで視力が奪われたのだろう」

「……いや……違うな……?」


 もはやこの人の中ではそれは確定事項であるように、断定的な物言いだ。おそらく今の一連の動きは、ルゼを試すものだったのだろう。あろうことかルゼは、即座に嘘もつけない残念な脳みそしか持ち得ていなかった。

 

(……もう誤魔化せないよ……)


 最初から何一つ誤魔化せていないのだけれど。


 この指輪の原料となる鉱石は、手枷や足枷といった形状に変成され、罪人に使われるものである。ルゼは罪人ではないのだが、この指輪をつけることになった原因を話せないため、傍から見れば処罰中の罪人と同じなのであった。

 身分を詐称して侵入していたとなれば大問題なのであり、ルゼはそうならないためにも手袋で隠していた。


(とりあえず、ばれているのなら保身に走るしかない……!)


 柔らかく微笑む──実際は引きつった微笑みで、男を見つめる。


「あの、私は罪人でも何でもなくて……」

「全く見えていないのか」

「……」

(……この人、どの点で私を疑っているの? なぜ全ての弁明を聞いてくれないんだ……)


 男は尽くルゼの話を遮って自分の言いたいこと、聞きたいことだけを発しているようであった。意図がよく分からないが、とりあえず命と自由は奪われなさそうだ。

 僅かに警戒心を解いて相手の質問に答えた。


「え……と、色がぼんやりと見えるくらいです。視力補助のルーペを使えば文字も読めますし、魔力をもっているものは輪郭を捉えられるので、歩くのにも困りません」

「そうか。この薬はお前が作ったのか?」


 興味がそがれたのかそれ以上聞く必要はないと判断したのか、男はそれ以上問いただすようなことはせず、薬瓶を掲げてルゼに示した。


 この薬、というのは昨晩……いや二日前の夜に、ルゼがシャーロットの部屋に置いてきた薬のことのようだ。薬に込められた魔力が、ゆらゆらと揺らいで見える。


(……薬を勝手に調合して与えたことが、咎められるのかしら……)

「……はい。毒物かどうかお疑いでしたら、今ここで飲んで見せます」

「いい。そのくらい見れば分かる」

(み、見れば分かる……?)


 見れば毒物かどうか分かるなんて、犬か何かかもしれない。


「その指輪をつけた状態では、この薬を作るだけでも命がけだろう。なぜそこまでする? お前がシャーロットを助ける義理などないはずだ」

(呼び捨て……シャーロット様と近しい間柄なのかしら。恋人だ恋人だ)


 自分は色恋に縁遠い人間のくせして、友人の色恋沙汰には興味津々である。

 近しいのか近しくないのか判別しがたい内容の質問であったが、ルゼも男を見つめると威勢良く言い返した。


「シャーロット様は私の大切な方だからです。理由などそれで十分です」

「……」


 ルゼが少しだけむっとして答えたからか、返事が来ない。


(……何か怒らせたかもしれない……!! 調子に乗った!)


 相手が自分に対話を求めているような気がしてつい本音を言ってしまったのだが、怒らせてしまったような間が空いた。

 一つ一つの会話に自分の命運がかかっているかもしれないのだ。ルゼは小さく息を吸うと、今度は慎重に、丁寧に述べた。


「……私には知り合いと言える人が全くいないのですが、シャーロット様は私を友人だと仰ってくださったんです。私はその素敵な友人に恥じない行いがしたいんです」


 殊勝にもそう言うが、実際のところは嫌われるのを恐れている部分もある。

 ルゼの本心に男性は怒るでも咎めるでもなく、淡々とした調子で尋ねた。


「お前の命が危険にさらされようともか」

「自分の命を顧みた結果、シャーロット様を見殺しにしてしまうような真似はできません」

「それでシャーロットが死のうと誰もお前を咎めない」

「そうなれば、私は友人を見捨てた自分を一生許せません。それにこの苦しみは、私が誰かのために行動することができた証なんです」


 なんだかいちいち癪に障る物言いをされる。あの十全十美のシャーロットでも見る目がないようだ。

 隣に座る男性は数刻黙った後、先程よりも少し低い声でルゼを嘲笑するように言い放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る