第57話 役は完璧に

 ルゼは何とかクラウスを説得して抱き上げられるのを阻止すると、クラウスの服の裾を掴んで歩くのを認めてもらった。幼児の足では歩く速度が遅いため、クラウスがいつもよりも歩を緩めてくれているようである。

 精神年齢を外見に引っ張られないところが、利点でもあり欠点でもある薬だ。


 着いた先はどこにでもあるような二階建ての小さな書店だった。年季が感じられる。

 クラウスは中に入ると気怠げな店主に何かを伝え、店主は慣れた様子でクラウスらを二階へと案内してくれるようであった。ルゼは階段を上る途中で、忘れてた、と言うようにクラウスの手を取った。


(知らない人についてきた設定なら、こっちの方が自然だよね)


 手を繋いだときにクラウスと一瞬目が合った気がしたので、任せてください! とキラキラした視線で意気込みを伝えておいた。


 二階には、仕事用の机に対面させるように椅子が一つ置かれている。子どもたちは拐ってくるのか売りに連れて来られるのかわからないが、この部屋は連れてこられた子供を査定する部屋であるようだ。


 ルゼが隣に立つクラウスと手を繋ぎながら椅子に座っていると、奥から中年の男性が出てきた。

 男は金髪で高そうな服に身を包んだ扮装済みのクラウスを一瞥すると、ごまをするような声で挨拶をした。


「初めまして、サロモン・バーデンと申します。本日はこちらをご利用していただき恐縮でございます」

 

 サロモンがそう言ってルゼと向かい合う形で着席すると、大人しく椅子に座っているルゼをなめ回すように見たためか、隣から小さな舌打ちが聞こえてきた。


(ひ〜、ここで怒っちゃったら先に進めないよお)


 大丈夫ですから、という意味も込めてクラウスに笑顔を振りまきながら手を強く握っておいた。

 サロモンは満足したのか、にっこりと笑顔を貼り付けるとルゼに質問する。


「お嬢ちゃん、自分の年齢は言えるかな?」

「うん! この前7歳になったの!」

「7……? お名前は?」

「ル……ルナだよ!」

「おうちの人はどこにいるのかな?」

「わかんない……。あんまり覚えてないんだけど、ルナを置いてどっか行っちゃった……」

「うんうん。じゃあ私についてきてくれるかな?」

「えへへへ」


 何がえへへへなのだろうか。誰も自分を認識しないでほしい。

 ルゼは立ち上がってサロモンの所へ行こうとしたのだが、今度はクラウスがルゼの手を握りしめてサロモンに笑顔を向けた。


「ああそういえば、こいつは魔力を持たないみたいなんだ。申し訳ないんだけど手枷ははめないでもらえないかな?」

「……っ!!」

(誰!?)


 横にいる男から、今までに聞いたこともない明るい声が飛び出した。


 クラウスは、既に魔力を吸い取られてしまっているルゼが、魔力吸収の鉱石でできた手枷をはめられないように手を回してくれるつもりなのだろう。

 それにしても、良い所の生まれの放蕩息子とそれに連れられた身寄りのない少女を設定しているのだろうか、普段のクラウスからは想像もつかない陽気な声が飛び出している。

 ルゼは本気で吹き出しそうになったのを極上の笑みでかき消した。


(……できる男だ……。笑っちゃ駄目!)


 ルゼは割と子供の真似をするのが恥ずかしいのだが、クラウスはどんな気持ちで話しているのだろうか。

 気にならないこともないのだが、本当に元からそういう性格の人間であるかのように振る舞っているため、クラウスは変なことをせざるを得ない状況に割と慣れているような気がする。


 サロモンは席を立つとクラウスににこやかな笑みを向けた。


「構いませんよ。しかし、魔力が無いとは言え良い娘を連れてきてくださいましたね。これは競りに出したら高く売れますよ」


 魔力がないと売れゆきが悪いのかもしれない。


「ここの地下の?」

「おや、ご存じでしたか。そうです、貴族の方達が買い取られますので、十分なお金が手に入るかと思いますよ」


 ここで売れたら、ルゼにいくらか回してほしい。


「なるほど。でも俺は即金で売れると聞いてここに来たんだよ。それはまた今度利用しようか」

(……この人なんで普段あんなに威圧感ある感じになってるんだろ·····)


 ここで売れば即座に金と交換してもらえるのだが、オークションに出すと買い手が決まるまで代金がもらえないのである。

 ルゼも二人の話に耳を傾けるのだが、クラウスの違和感のない演技が気になり過ぎていた。


「ですが……」

「早くしろ」

(普段の威圧感が出てるぞ……)


 ルゼは、駄目だぞと言う気持ちで再度クラウスの手を握りしめる。


 サロモンとしてはより高く売れる国内貴族向けにルゼを出品したいのだろうが、クラウス達は奴隷の密貿易の拠点を突き止めるためにここに来たのである。ルゼはそのために追跡魔法をかけられていた。


 クラウスの殺気に折れかけたサロモンだったが、終始笑顔で子供らしからぬ美貌をもつルゼを前に、踏ん切りがつかない様子である。


「……国内向けの方が、5倍は高く売れると思うのですが。即金ではありませんが、おそらく今日中には捌けると思いますので、そちらでお考えいただけませんかね?」

「……」

「もしかしたら10倍は高く売れるかもしれません。魔力がないとは言え、そちらの方が安全な商品として買い手が増える場合もございますので」

「……」


 サロモンがクラウスの顔色をうかがいながらそう言うと、もはや隠しようもない殺気がクラウスから発されていた。クラウスは何も言わないが、意見を変えるつもりはないことは誰にもよく分かる。

 しかしサロモンとしても、質の良い商品は少しでも高く売りたいようで、いつまでもべらべらと話し続けている。

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