第49話 その苦しみの程

 目が覚めるとどこかのベッドの上に寝かされていた。ルゼはゆっくり上体を起こすと周囲を見渡す。 

 腰に伝わる柔らかな弾力から、とりあえず拘置所には入れられてないようである。


(……この展開前にもあったな……)

「うっ……」


 魔力不足のせいでずきずきと頭が痛む。しかも、モーリスを殴った右手も握りしめるたびにパキポキと軽やかな音が鳴っている。


(……ご迷惑をおかけしてしまった……)

「……謝らないと……」

「何を?」

「えっ」


 クラウスはベッドのすぐ近くにいたようであったのに、また気づけなかった。この右手は彼が手当してくれたのだろうか。その割には痛い。


(……もう少し存在を主張してほしい……)

「体調はどうだ」

「……もうすっかり元気です」

(ちょっと目眩がするけど……。優しい……)


 ルゼは声のする方を見るとにこりと元気そうに笑ってそう言ったのだが、クラウスには見透かされてしまったようであった。


「お前は嘘が下手だな。まだ寝ておけ」

「……はい」

(……なんで分かるんだろ……)


 これ以上迷惑をかけたくないのだが、このままベッドを出て倒れでもしたら余計に迷惑をかけてしまう。しかし、クラウスの前で自分だけ寝るのも憚られる。

 ルゼは毛布を被ったまま、上体を起こしてクラウスと話すことにした。


「……あの、私は捕まえなくてもよろしいのですか?」

「モーリスはここの地下牢に繋いでいる。その隣が空いているから、お前も入りたいなら勝手に入れ」

「絶対に嫌です」

(……地下牢があるんだ……。ということはここは本邸の方かな)


 別邸には地下などなかったので、おそらくここは本邸なのだろう。モーリスを連行するついでにルゼも連れてきたというところだろうか。倒れた婚約者を担いで本邸に入ったクラウスが、周りからどんな目で見られていたのか気になる。どうしてこんなに迷惑をかけてしまうのかわからない。

 クラウスが席を立ちそうになかったので、ルゼもそのまま話し続けることにした。


「もう一つお聞きしたいことがあるのですが。私にくださったイヤリング、結界魔法もかけてましたか?」

「ああ。それが壊れたときにはお前の居場所も分かるようにしている」

「……なにゆえ……」

「さあ……」


 そんな何重にも魔法を重ね掛けして、一体何から守ろうとしているのやら……。

 クラウスの考えていることなどルゼには分からないのだが、ルゼはイヤリングに重ねがけされている魔法に、なぜかふわふわした喜びを感じるのである。


「……ありがとうございます。助かりました。それと、無断でベルツの家へ戻ってしまってすみません」


 小さく頭を下げると、クラウスもいつ用意していたのか両耳に同じイヤリングをつけてくれている。壊すたびに新しいものを与えるつもりだろうか。もしかしたらその罪悪感を担保にルゼを守ろうとしているのかもしれない。

 ルゼはクラウスを見上げると眉尻を下げて言った。


「……あの、守られた上でこれを言うのも厚かましいこととは思うのですが、あまり私を守るために、ご自身に負担をかけるようなことはしないでほしいです」

「別に負担などかかっていない」


 そんなはずはないと思うのだが。魔力、お金、魔力、お金、お金……。

 ルゼはクラウスの方を見ると、ふ、と優しく微笑んだ。


「私も、いざというときにはエーベルト様を助けに参りますからね」


 それなら返せたことにならないだろうか。

 ルゼがクラウスに笑いかけてそう言うと、クラウスは驚いた顔をした後に小さく笑ったような気がした。あまり頼りにされていないのかもしれない。


 ルゼがため息をついて壁に背をもたれかけると、クラウスが熱を測るようにルゼの頬に触れてきた。

 ルゼはクラウスを横目で見つつ、明るい声を出す。


「どう思います?」

「……何が」

「エレノーラ様に私と同じ思いを味わわせたくないと思ってしまったんです。でもあの義父は私には殺したいほど憎いです」

「……」

「どう思いますか?」


 言い終えるとクラウスが無言で水を渡してくれた。また何日か眠ってしまったのだろうか、無性に喉が渇いている。

 クラウスはルゼが水を飲むのを見ながら話し出した。


「人を殺すという行為は、相手がいくら憎かろうとも殺した側に精神的な負担が生じるものだ。お前の選択は正しかったのではないか」

「……」

(……殿下……)

「と言えば、お前は危ない方へ行かないと思っている」

「…………」

(………殿下………)


 一瞬クラウスがその苦しみに苛まれているのやもと思ったのだが、単に誰かから聞いた言葉を復唱しただけかもしれない。そもそも正しいかどうかの判断を人に委ねるものでもなかった。

 ルゼのしかめた顔を、クラウスが面白そうに笑いながら見ている。


 ルゼは表情を整えてキリリと真剣味を帯びさせると、クラウスを見つめてかねてよりのお願いをするのだ。


「お願いしたいことがあるのですが」


 まだ何も言っていないのに、既に不服そうな顔をしている。


「モーリス様に会わせてください」

「……あいつが言ったことを俺が伝えるのでは駄目なのか」

「でもそうすると、私に伝える情報を取捨選択なさいますよね。二点だけ聞きたいことがあるのですが、どうか会わせていただけないでしょうか」


 どうやらこの人は他人に随分甘いようなのである。ルゼの心的負担になりそうな発言はすべて取り除いて、実のない部分しか教えてくれないことだろう。

 ルゼがクラウスを見つめて再度頼み込むと、クラウスは不本意そうな顔をしながら言った。


「駄目だと言っても、人目を避けて会いに行くつもりだろう」

「……それでしたらわざわざ頼みませんから……」


 そう言いながらも視線を逸らすルゼに、クラウスはため息をつくと立ち上がってルゼに手を差し出した。


「俺も行く」

「私一人でも大丈夫です。看守さんもいらっしゃるでしょうし」

「危険な目に遭ってほしくない」

「……」

(……私とモーリス様のどっちにだろうか……)


 順当に考えればルゼがモーリスに手を出さないように見張るのであろう。

 ルゼはクラウスの手を取って立ち上がると、地下牢へと向かうのだ。

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