第51話 優しいと思うけど
外に出ると、薄暗い地下牢にいたせいかやけに天気が良いように感じられた。
クラウスがルゼを抱きかかえたまま部屋へ戻ろうとするので、ルゼは慌てて別の行き先を示した。抱えられたまま屋敷に戻りたくない。
「ああっ、立ち入って良ければなのですが、あちらにある温室に行ってみたいです。あるいは下ろして下さい」
「分かった」
「……」
ルゼは前回本邸に来たときから温室の様子が気になっていたのである。
クラウスは何も分かっておらず、腕の中のルゼを一瞥すると無言で温室へと歩を進めるのだった。
温室はそれほど大きなものではないのだが、日の光が十分に差し込み、どこから引かれているのか水が静かに流れている。植物の香りを感じたのは久々かもしれない。
「……この温室、ほぼ薬草しか植わってないですね」
誰の趣味だろう。趣があるようなないような。実用性しか考えていないような。不必要なものを全て除外するが故に冷淡だ氷だと揶揄されている男が指示したと思わされるような……。
「使うか」
「……えっ?」
「ただ、ここを管理していた人間が辞めてからあまり手入れが行き届いていない」
「ぜひ私に! 管理させてくださいませ……んか」
ルゼは食い気味に元気よく返事をしたものの、少し厚かましいかと徐々に声を小さくしてしまった。
了承してもらえたのかは分からないが、小さく鼻で笑われた気がする。
温室には表面が滑らかな横に長い木製の椅子があるようで、ルゼはそこに座らされるとクラウスもその横に座ったようだった。
ルゼは植物を眺めながら、独り言のように尋ねた。
「……指輪に関してなのですが。モーリス様の仰ったこと、本当だと思いますか」
「ああ。モーリスの持っていた魔力吸収の鉱石の作り方は、お前の父親の文字で書かれていた。その指輪を最初に作ったのはお前の父親だろう」
「……優しくないですね」
ルゼの寿命を縮め、肉体的な苦痛を与えている指輪の作成者がルゼの父親であると、クラウスはなんの躊躇もなく答えたのだ。
何を考えているのか、クラウスもルゼと同じように植物を眺めながら感情のこもらない声で呟く。
「そもそも俺を優しいと思うのが間違いだ」
「優しいですよ」
「たった今優しくないと言わなかったか」
「優しくすることだけが優しさではないのですよ。そして私は、こうして優しいと言うことで貴方を縛るのです……」
「……意味が分からない」
ぼそぼそと喋るルゼのどうでもいい話に、クラウスが耳を傾けてくれている。
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことはしていない」
「言いたいんです。許されたいだけですが」
「……」
暫くそのまま無言で植物を眺めていたのだが、クラウスがルゼの肩に手を回して勢いよく引き寄せた。ルゼの頭がクラウスの肩にぶつかった。
「……なんですか」
「俺は慰め方を知らない」
「……は……」
どうやら、ルゼの瞳からぽろぽろと小さな雫が流れているようだ。クラウスの肩が涙で湿っていくのが分かる。
「……泣いてないです」
「俺もそう思う」
「泣いてますよ!!」
「……何なんだお前は……」
「うう……」
止めようと思っても止まらないのだ。
ルゼは頰に伝わる人肌の熱にボロボロと涙を流しながら、静かにクラウスに告げた。
「……クラウス様。指輪の外し方、これから一緒に探していただけますか」
「ああ」
その声に、やはりクラウスは優しい人だと思うのである。
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