第46話 当てを頼りに三千里

 ルゼは深夜、ベルツ邸の前にいた。

 この前イザークと対面したとき初めてモーリスの仕事部屋に入ったのだが、その時にある違和感を覚えたのだ。


(モーリス様の仕事部屋、外から見るより内側が狭かったのよね……)


 モーリスの仕事部屋は彼の自室と隣り合わせであり、外から見ると同じ大きさの部屋のように感じられたのだが、実際は仕事部屋の方が自室よりも狭かったのだ。そのため、モーリスの仕事部屋には隠し部屋があるのではないかとルゼは踏んでいるのである。


(指輪を外す手がかりが隠されているかもしれない……!)


 アデリナの話が本当なら、指輪の作成者はモーリスなのだ。ルゼはモーリスがいない日に彼の部屋の棚やタンスを家探ししていたが、指輪に関する情報に書かれたものは一切見つからなかった。

 隠し部屋を、金庫代わりに使っているのではないかと考えたのである。


 ベルツ邸は門番などいないので、正面の門から楽に侵入することができる。

 ルゼは足音を忍ばせて以前まで使っていた部屋の前まで歩くと、そこにある大きな木に登った。木から分岐する枝はちょうど窓の前まで伸びており、窓から侵入するにはうってつけの足場になるのだ。

 窓の鍵のある部分に魔法陣を描いてガラスを熱し、静かに窓ガラスを割る。鍵を開けると、建て付けの悪い窓をできるだけ音を立てないように上げた。


(……不法侵入……)


 窓ガラスを割るときにはあまり音がしなかったのだが、割れたガラスの上に足をおろした際にパキパキと小さく音が鳴ってしまった。ルゼの部屋の近くには誰もいないためおそらく聞こえていないのだが、慎重に足を踏み出す。

 窓から中へと侵入すると、絨毯で足音の鳴らない廊下を悠々と歩いてモーリスの仕事部屋へ向かった。部屋の鍵は魔法など使わなくとも容易に開く。


 月明かりが差し込む仄暗い仕事部屋に入り込むと、壁に手をついてゆっくりと歩を進めた。左の壁の中央付近、本棚の隣を静かに叩く。


(中に空間がある……気がする……気の所為)


 思い込みかもしれないが、確かに中が空洞のような軽い音がしたような気がした。


(そうなると次は入り方……。本棚をずらせば扉が出てきたりしないかな)


 こういうときに魔法で本棚の中身を浮かせることができれば早いのだが、ルゼには無駄に使用できるような魔力はなかった。地道に本を一冊ずつ取り出してから本棚を移動させることにした。


(……あの人、碌に本も読まないのに量だけはあるんだから……)


 ルゼは心の内でモーリスに毒づきながら本を取り出していった。モーリスは領地経営の才もないのに出費が激しいので毎年赤字をたたき出しているのだ。そのくせ金回りは良い。


(世の不思議だ……。悪代官はなぜ儲けているのか……)


 かなり時間を要したが、本を全て取り出すと木製の本棚自体は軽いようで、ルゼの力でも移動させることができた。

 派手なら良いとでも言いたげな調度品まみれの部屋に、木製の本棚は浮いていると思ったのだが、動かしたところで特に何もなかった。


(何かを隠すために後から設置したのではなくて、単にこだわりがなかっただけかしら……)


 別段変わったものはない。


(……当てが外れたかな……ん?)


 ルゼは壁に手をついて、これからもう一度本を片さなければならないことに小さく息を吐いたのだが、壁に触れている指先に切り込みがあるような感覚があった。指をその切り込みに沿って動かすと、どうやら縦に長く切り込みが入っているようである。

 壁に当てた手を強く押してみると、ゴトン、と重い音を立てて壁の一部が奥へ動いた。


「!」


 奥へ動いた壁を右へスライドさせると横に長い小さな空間が現れ、中には棚がひとつあった。

 棚には本や置物が並べられてある。


 ルゼはあまり奥行きのない空間に足を踏み入れると、棚に陳列されてあるものを一つずつ手にとって物色した。


(……指輪? 私につけられているものと同じもののようだけど、なんでこんなにたくさん……。しかも全部指輪の形だし……)


 魔力吸収の効果を持つ指輪が数十個並べられてあるが、どれもその効果の程度はまちまちのようである。触れると少し魔力が吸われているような感覚があった。しかもその隣に、作り方の書かれた紙の束や書物も乱雑に積まれていた。


 信じがたいが魔力吸収の鉱石のレシピを発見したのはモーリスであるそうなので、彼の過去の実験の残骸なのだろう。そうだとしても全て指輪の形をしているところが、元からルゼを拾うつもりであったように感じられる。


(やっぱりあの人が犯人なのかしら。まだ魔法は使えないけどモーリス様相手なら勝てる気がするし、寝込みを襲っちゃおうかしら……)


 冗談交じりにそんなことを考えながら棚を物色していると、一番上の段にある一際分厚い本が目に留まった。他の本や紙の束は無造作に置かれているだけなのに、その本だけ丁寧に収納されてある。


(何か秘密が書いてあるかも。実験記録か日記だったら何か分かりそう……)


 実験記録だったら指輪の効果の弱め方も分かるかもしれないし、日記だったらモーリスの過去の犯罪が分かるかもしれない。

 ルゼは背伸びをして手を伸ばすと、その分厚い本を手に取った。

 手に取って分かったのだが、それは装丁された本ではなくて一枚一枚の紙を紐で閉じてあるだけのもののようだった。


(……? 見覚えが……)


 本を棚において光の玉で照らし、視力補助のルーペを掲げながら表紙を見る。


「!」


 この本はどうやら、ルゼが幼少期に父親の目を盗んで読んだ、禁忌の書を転写したもののようだ。

 意外に平静なように感じられたが、ゾワッと心臓が逆だった時に魔法で作った光の玉が消えてしまった。


(……明かり……念の為魔力は使いたくない……)


 今夜は月が白く輝いており、電気がなくとも文字を読むことができるだろう。

 隠し部屋を出て窓際まで歩くと、窓から差し込む月明かりを頼りにルーペをかざし、一枚一枚紙をめくった。

 当時見たものと寸分違わない、父の字で書かれたものである。


(……懐かしい……)

「……おや、物音がすると思ったら」

「!」


 顔を上げると、扉の近くにモーリスが立っていた。

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