第41話 幸せにしたいような気がする
「……こんにちは……」
アデリナは風のごとく去って行き、ルゼの婚約破棄の叫びを聞いた数人の侍女がぎょっとした顔で歩き去って行く。
「……」
「……うふ……」
無言で見下ろすクラウスに、ルゼは気まずそうにそっぽを向いた。視線が痛い。
「……違います!」
勢いだけは良いルゼの叫びに、何が違うのか言ってみろ、とクラウスが無言の圧をかけている。
ルゼはだらだらと冷や汗を流しながら、クラウスを見つめて弁解するように述べた。
「このままでは来年の春には私が皇太子妃になってしまいますが、やはりその立場は私ではいけませんし、誰も納得しないと思うんです。外圧などもあって殿下はふさわしい方を他にお探しになる必要も出てくると思います」
「それで」
「怖い……殿下が気に入るような才色兼備のご令嬢が登場したタイミングで、私は身を引けるように準備をする、ということです」
「……」
途中で心の声が漏れてしまった。
自分から頼んでおいてひどい言い草である。言わないほうが良かったかもしれないが、本題はここではないのだ。もう少し続きを話したいのだが、何か言ったら怒りのオーラを漂わせているクラウスがついに怒り出すような気がして、目をそらさずに姿勢を正すので精一杯だ。
クラウスは言い募るルゼを見下ろすと、低い声で問いかけた。
「……他にふさわしい婚約者が現れなかった場合は?」
「私自身が皇太子妃にふさわしい人間になって、一生をかけて全力で殿下を幸せにします」
昨晩考えた結論である。何でも努力でどうにかなる。ならないときもあるが今は考えない。
クラウスの目を見つめてそう言うと、冷たい笑顔が多少の驚きをはらんだ表情へ変化した。
「……」
(……あれ。そうか、を期待してたんだけど……)
クラウスからの怒りのオーラはなくなったものの、依然として何も話し出さない。ルゼは気まずい沈黙を破るように話し続けた。
「指輪の外し方も絶対に見つけて余命も打破します」
「……」
「私が言い出したことなので、きちんと責任は果たします」
黙ってルゼを見下ろしていたクラウスだったが、ルゼのその言葉にピクリと微かに眉を動かした。
「……それは義務感からか」
「! いえ、義務感もありますが、殿下からの信頼をできるだけ取り戻したいんです」
「なぜ」
(……なぜ?)
なぜ、と聞かれるまでもなく、ルゼの中で失望されたままでは嫌だという感情は当たり前のものだったのだが、どうやらクラウスには違うらしい。
クラウスはルゼが答えるまで話し出しそうもないので、ルゼも必死で頭を悩ませる。
「…………嫌われたくないから…………」
(……いや私これだけ迷惑かけておいて、どんだけ図々しいんだろ……)
なぜ信頼を失いたくないのか、ルゼがその理由に頭を悩ませていると、クラウスが半ば呆れ混じりにため息をついて言った。
「俺は別にお前に失望していない。責任を感じる必要は特にないから自由に生きろ。そのための婚約だったんだろう」
「シャーロット様から色々と伺っておりまして、殿下は婚約者関係でのあれこれが面倒なのかなと思うのです。私にできることがあれば何でも申しつけてください。求婚避けにもその他雑務にも有用ですので」
「話を聞け」
「聞いています。これは私の自由意志です」
「……」
ルゼはなかなか面倒な性格をしている。
クラウスは小さくため息をつくと、ルゼに本を手渡した。
「この本はシャーロットからだ。剣は合わなければ新しいのを用意する」
ルゼは、ありがとうございます……と呟きながら剣だけ受け取ったのだが、本も押し付けられた。渋々本も手に取りながら、クラウスをちらりと見て小声で尋ねる。
「……今から……」
「……」
「……剣の稽古などを……」
「……ふ」
「何でもないです」
人に頼むというのは、タイミングが良く分からない。少なくとも今は違ったようだ。クラウスも忙しいだろう。
微かな笑い声に今の注文を無かったことにしようとしたのだが、クラウスは聞き入れてくれたようだった。
「木剣でなら」
「……よろしいのですか」
「他には」
「十分です」
ルゼの願いが一つ、叶えられるようである。
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