第三章

第42話 剣の指導

ルゼとクラウスは広い訓練場で二人、木剣を持って向き合っていた。ルゼは騎士の訓練服に身を包み、クラウスは先程上着を脱いでいた。

 

「今までどのような練習をしてきたんだ」


 ルゼは木剣を数回振り下ろすと手を止め、今までの無為な自主練習の日々を思い出す。


「えと……兄に教わったことを思い出しながら素振りをしたり、魔法で土塊を不規則に動かして斬りつけたり……していました。一時期迷走して棒や弓を使おうと思ったこともあったのですが、合わなかったので今は短剣と剣のみを練習しています」

「棒?」

「中が空洞になっている金属の棒です。魔法で作ったのですが、力が弱い上に軽いので全く意味を成しませんでした。無用の長物とはまさにこのこと」


 上手いことを言えたと言うか、語源そのものの経験である。


「……弓は」

「ああ……弧を描いて手前の地面に刺せますよ。こう……ぺーんって感じで」

「……なるほど」

「はい!」


 ルゼは腕力がないので弓を引く力も弱く、飛距離が出なかったのである。ぺーんっと言いながら人差し指で空中に弓の軌跡を描いて示すルゼを、クラウスが冷たい視線で見下ろしている。

 ルゼも真剣に努力して習得できなかったので、単に才能がないのであろう。クラウスは何でもできるのだろうが、そうでない人間もいるのだ。あまり冷たい目で見ないでほしい。


 ルゼは説明を終えると、クラウスと向き合って木剣を構えた。ルゼが両手で剣を持って胸の前に掲げているのに対し、クラウスは片手で持った剣を胸の前に構えている。


(……片手で十分ってことかしら……)


 当然だが舐められている。

 いつでもいいから打ち込んでみろ、とでも言いたいのか、クラウスは全く動き出さない。


(……弱くないもん……)


 ルゼは剣先を右下に向けると大きく踏み込み、右下から胴を斬るようにして剣を振り抜いた。しかしクラウスは剣先を下方に向けると剣を受け止め、ルゼの剣を起こすように押し返してくる。


(……力が強い)


 イザークのときにも感じたのだが、ルゼは力では敵わない相手の方が多い。だからと言って対抗する術など知らないので、真っ向から向かっていくしかないのだ。

 クラウスは片手であるのに、ルゼの剣が押し負けてしまう。ルゼは一度後退すると呼吸を整え、再び間合いを詰めると上から大きく剣を振り下ろした。それも受け止められてしまい、続けて数回、右上や左下から剣を入れるのだが、全て防がれる。


 再び二本の木剣が交差した。


(……押し負ける……!)


 どこから打ち込んでも全て受け止められ、しかもルゼがクラウスに膂力で劣るために押し負けてしまう。片手しか使わず、その場から全く動かないクラウスに一撃も入れられそうになかった。どうすれば剣が届くのかわからない。

 再び後退しようと考えたのだが、その前にクラウスが小さく声を発した。


「正面から剣を受けるなと言ったはずだ」

「……はあ」

「受け手は基本的に不利だ。打ち込める隙を探せ」

(……隙とかないですけど……!)


 クラウスはルゼの心情を見透かしたように薄く笑うと、更に剣に力を込めてきた。ルゼは剣を横に構えてそれを受け止めるのだが、ぐぐぐ……と徐々に自分の方へ剣が下がってくる。


「う……」

(力強いな……)

「はは」

(面白くないよ……)


 ルゼはクラウスの余裕そうな笑い声に少しムッとし、剣を交わらせたまま滑らせるようにして押しつけてくる剣から逃れると、クラウスの剣の側面に向かって剣を振った。


 今まで正面から受けていた力が、するりと横に逃れていくような感覚がある。

 クラウスが楽しそうに笑っている。


「はっ」


 カアン、と乾いた音が鳴って二本の剣が接触したのだが、ルゼの剣は一瞬で払われてしまい、気づけば木剣が地面に落ちていた。


(……あれ)


 ルゼはクラウスの剣を払ったと思ったのだが、逆に自分の剣が手元から無くなっている。

 クラウスは剣先を下げると、キョロキョロと辺りを見渡しているルゼに、落ちている木剣を手渡して言った。


「力は受け流せ。受け止めるのではなく躱すことに集中すればお前でも一撃を入れられる」

「……もう一回お願いできますか」

「ああ」


 ルゼはもう一度クラウスと距離を取って剣を構えると、今度は小さく息を吸って剣を固く握りしめ、地面を蹴って一足飛びに間合いを詰めた。

 首を落とすように右上から剣を振り下ろしたのだが、やはり難なく受け止められる。その衝撃を先程と同じように正面から受けてしまい、数歩後退した。


「違う」

(……次!)


 次は右下から斬り込んだのだがそれも剣で止められ、ルゼの首を狙うようにクラウスの剣に力が入る。


(……受け流して、躱す!)


 ルゼは先程の感覚を思い出して、剣を滑らせるようにして動かすと瞬時にクラウスの首へと剣を入れた。


「ふ」

「えっ」

(速!)


 ルゼの剣がクラウスの首に届く前に、クラウスの木剣の側面がルゼの脇腹に柔らかく触れた。

 クラウスはその体勢のまま静かに呟く。


「踏み込みが甘い。体をねじらせると遠回りになる上に力も入りづらい……」


 他にも何か言いたげな様子であったのだが、飽きたのか木剣を下げるとルゼの木剣も取り上げた。


(……終わり……)

「……私は弱いですか」

「ああ」

「……」


 はっきりと告げられてしまった。

 何も言い返さずに俯くルゼだったが、クラウスはルゼが弱いことに対して何か言うつもりはないようだ。


「短剣を使ってみろ」


 ルゼはクラウスの言葉に顔を上げると、真意を探るように見つめる。

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