第43話 白く丸い太もも
「……指導してくださるということですか」
「いや。お前の剣を見たいだけだ」
「剣と言えるような代物ではないです。私の短剣はあなたには向けられません」
「俺をお前の殺したい人間だと思ってみろ」
「ですが……」
「心配しなくともお前では俺に傷一つつけられない」
「……」
クラウスに傷をつけられるかどうかの心配をしているわけではない。この男に短剣を向けられないという気持ちに理由などないのだ。それを信条にしてしまえば根源的な気持ちとなる。
(……楽しそう……?)
それにしてもクラウスがいつもよりも笑ってくれているような気がする。剣は好きではなさそうだと思った記憶があるのだが、この弱味噌を前に自信がついたのだろう。生きていて良かった。
ルゼは青藤色の丸い瞳でクラウスを見上げると、小さく笑って目の前の男を見つめた。
「少し目を閉じてていただけますか。短剣を右足の太ももに結びつけていますので、日の光を浴びていない私の白くて丸い太ももが」
「分かったから詳しく説明しようとするな」
「ふふ。合図と同時にあなたを殺しにいきますから、私を殺してください」
乾いた笑い声を上げるとクラウスの目元に自分の片手を置いて覆い隠し、太ももから短剣を取り外した。
柄を強く握りしめると顔の横で振りかぶり、そのままクラウスの首をかき切るように振る。
しかしクラウスがのけ反るようにして避けたので、ルゼはすぐに覆っていた目から手を放すと襟首を掴み、その眼球へ短剣を振り下ろした。けれども、クラウスに顔を逸らされると同時に腕を掴んで放り投げられた。
ルゼは着地をすると同時に地を蹴って再び間合いを詰め、首や脇腹を切り裂くように数回短剣を振り入れるのだが、全て躱されてしまう。
躱すだけのクラウスだったが、届かないルゼの短剣に飽きたのか、ルゼに向かって剣が振られた。ルゼは身を屈めて避けるとクラウスの足下にめがけて剣と片足を同時に入れる。しかしそれも避けられ、ルゼの頭上から剣が振り下ろされた。
「……っ」
キィン、と高い音が鳴る。ルゼはクラウスを睨み付けると振り下ろされた剣を正面から受け止めた。クラウスの振り下ろした真剣を、一本の短剣で止める。
剣越しに、クラウスの冷たい視線とルゼの燃えるような視線が交わった。
(……くそ)
クラウスの剣から逃れるように後退したのだが、すぐに間合いを詰められ剣が振り下ろされた。身を屈め、小さく跳ぶと向かってくる剣を全て避けていく。
次の一撃が来る前にクラウスの肺に向かって短剣を振ったのだが、その瞬間ルゼの短剣は弾かれてしまった。
「……うっ……」
ルゼはすぐに後退してしゃがむと、そのへんに転がっていた石を投げた。クラウスがその石を避けている隙に左足に隠し持っていたもう一本の短剣を手に取り、懐に入り込むとクラウスの襟を掴んで自分の方へ引き寄せる。
二人の身体が接触し、ルゼはクラウスに抱きつくようにして身を寄せたまま、その背中に向かって剣を振り下ろした。
クラウスはその隠された短剣に一瞬驚いたような顔をするものの、楽しそうに笑うだけである。瞬時にルゼの首が掴まれて地面に押しつけられ、短剣はどこかへ放り投げられてしまった。
「しね!!」
ルゼは短剣を奪われた後も、その辺の石を握りしめて男の顔へ振り下ろしたのだがその手首も掴まれ、同時にルゼのもう片方の手は膝で押さえつけられたようだ。
両手首がギリギリと力強く押さえられ、首を絞められた状態で地面に押しつけられている。
ルゼは掴まれている腕に力を入れて抵抗するがピクリとも動かず、首を絞められたまま目の前の男を睨み付けた。
無機質な青い瞳で見下ろされている。
「離……」
「その体勢大丈夫?」
「!」
唐突に飛んできた別の声に視線だけ横へ向けると、いつから見学していたのか、赤髪の男が二人の横でしゃがんで、組み敷かれているルゼを見下ろしていた。
無視して再び目の前の男に視線を戻したのだが、身動きの取れない状況に徐々に我に返っていった。
(……体勢?)
ルゼが僅かに眉をひそめると、首を絞めていた手の力が少し弱められた。
はっ、と浅く息を吸い込むと自分を見下ろす顔を見つめ返し、自分の状況を確認する。
クラウスが自分の体の上に乗っており、自分の手首を掴んだまま首を絞めている。
(体勢……っ。近……!)
「はっ……あ、まけ……おり……っ」
ルゼが生気の宿った目で細切れに話しながらジタバタと身をよじると、クラウスは小さく息を吐いてルゼを解放してくれた。
地面に横たわるルゼの隣にしゃがみ、汗一つかいていないルゼの額に指先で触れている。
「すまない。怪我はないか」
「……! ……っ!」
上がった呼吸のせいでろくに声が出せないので、一生懸命首を振って大丈夫だと伝えた。
地面に横たわったままぜいぜいと息を切らしていたのだが、その様子をアデリナが心配そうに見ている。
「殿下、魔力のない子をあまり激しく動かせては駄目ですよ」
「いえっ……、私が勝手にっ、動いただけ……っ、でっ、はあっちがっ……」
はっはっと細かく息を吐きながらルゼがアデリナに顔を向けて必死に反論すると、アデリナが呆れたようにため息をついた。
「分かったから水でも飲みなよ」
アデリナはそう言うと水の塊をルゼの頭上に作り出し、バシャンッと顔に盛大に水が降りかかった。
「ぶあっ冷たっ!」
「熱中症じゃないの? 汗かいてないし」
「あ……ありがとう、ございます!!」
飲むより浴びせられた。雑な魔法である。
クラウスはアデリナを睨むと横たわったまま立ち上がらないルゼの背と足に腕を回し、担ぎ上げたようだった。突然体が宙に浮いたような感覚がある。
「えっ!?」
「じっとしてろ」
「仲良いね」
「お……っ、下ろして、ください!!」
「歩けるなら」
「……」
何としてでも歩きたい。とは思うのだが、ここはクラウスに担いでもらうしかないようだった。
ルゼは汗だくなはずの真っ白な顔を赤くして両手で覆うと、力の入らない体をクラウスに委ねて屋敷へ戻った。
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