第31話 返せないです
「エーベルト様!!」
「なんだ」
「返せるものが私にはありません」
「必要ない」
「それはダメです。前にも申し上げた通り……」
「お前が変わらいなら俺も変わらないと言ったはずだ」
「ですが」
「まーまー、落ち着いて」
無表情で冷たく言い放つ皇太子に、頑としても折れないルゼ。普段は何があっても静観しているようなドーラが、立ち上がろうとするルゼの肩を押さえて珍しく仲裁に入った。
「あなた、殿下に食ってかかるなんて命知らずだね」
「問題はそこでは……」
「よく考えなさい。この方は魔力もお金もあり余ってる。一方であなたは、私には魔力を見ることはできないんだが、体内の魔力がもう残り少ないんだろ? 善意だと思っておとなしく受け取ってもいいと思うんだが」
「人の善意を搾取するような真似は絶対にしたくありません。そもそもこれは私の問題であって、他人に助けてもらうのは私の道理に反します」
入店時はあんなにオドオドしていたのに、今や誰の意見も受け付ける雰囲気がない。
ルゼの芯のある瞳にドーラは驚いたような顔をした。
「……うーん。どちらかと言うと頑固なだけだね……」
ドーラは、はあ、とため息をつくとソファにどさりと座り込んだ。クラウスはソファの肘掛けに肘をついてルゼの様子を眺めている。
(……間違ったことは言っていない……)
自分が絶対に正しいのに、二人の視線を感じてよく分からなくなってきた。
ドーラはまたぷかぷかと煙草をふかしながらルゼを見ると、強い意志を宿したルゼの瞳に、再度呆れたようなため息をつく。
外から子供たちが走り回る明るい声が聞こえ、ザアッと葉が揺れた。
隣から声が飛んできた。
「ルゼ」
「……なんですか」
皇太子からの言葉であるのにルゼは不遜な態度で答える。
クラウスは頬杖をついて冷たい瞳でルゼを見下ろしたまま、いつも通り熱のない声で言い放った。
「別にこれは善意ではない」
ドーラが煙草の灰をソファに落とした。
意味のわからない言い回しに、ルゼは顔をしかめると低い声で言い返す。
「……では何だと言うのです」
クラウスの静かな言葉にも、ルゼは強火の臨戦態勢である。
この皇太子は何を考えているのか無表情でルゼを見下ろし、ルゼもクラウスが何も答えないために押し黙る。いつまでも埒が明かない。
ドーラが二人をぼんやり見守っている中、ルゼがやっと言葉を発した。
「……私は、殿下にもっとご自分を大切にしてほしいだけです。魔力は生命源なんですよ。他人を気にかけるそのお心は優しいのかもしれませんが、まずご自分を大切にしたほうがよろしいかと思います」
「……」
「間違ってると思います」
ルゼは必死になってそう主張するのだが、自分を見下ろすクラウスの冷たい視線に、しょもしょもと次第に俯いてしまった。
他人に間違ってるなどと、明らかに言い過ぎた。
ドーラは依然として何も言わないクラウスを一瞥すると、自信なさげながらもクラウスに意見したルゼを見やり、ニッコリと微笑んだ。
「ルゼさん」
「なんでしょうか……」
ルゼが力なくドーラの方を振り向くと、ドーラから満面の笑みで告げられた。
「あなた、類を見ない馬鹿だねえ!」
「なっ……」
(ばか!?)
「はっはっは。私は数分席を外すから、もう少しヒントを貰いなさい」
「ひ、ヒント?」
ドーラはそう言うと箱を持って店へと戻ってしまった。
ドーラがいなくなっただけなのに、より一層場の空気が重くなったような気がする。
俯いたままのルゼの頭を、クラウスがぽんぽんと優しく撫でたため、ルゼはばっと顔を上げるとクラウスを見つめた。
「つ、伝わりましたか? 私の言いたいこと……」
「……」
「……伝わってないですね?」
「どちらにせよ、イヤリングをつけることがお前に課した条件だ」
「ですが……、でもっ……」
「俺は魔力量に困ることがない。多少お前に使ったところで何の支障もない」
「私は他人から何も奪いたくありません」
「俺は何も奪われていない」
何か反論したいのだが、イヤリングをつけなければシャーロットに魔力を込めた薬は与えられず、イヤリングを貰えばクラウスからの善意ではない何かに基づいた気持ちを搾取することになるのである。
クラウスは苦悶するルゼの顔を無表情で見下ろしている。
悩んだ末、ルゼはクラウスに言い放った。
「……エーベルト様は意地悪です!!」
その幼稚な反論にクラウスが驚いた顔をし、戻ってきたドーラが吹き出している。
「あっはっはっは、あの、ふふふ、あの殿下に意地悪? はー……」
ドーラは爆笑しながらクラウスにイヤリングを渡し、代金を受け取っていた。ルゼはその様子を止めることなく黙って見つめるのだった。
「あれ、納得したのかな」
「してないですけど……」
「けど?」
「……嫌なのですがなぜか少しだけ嬉しくもあるんです。これはエーベルト様の優しさにつけ込んでいるのです……。最低なんだ……」
「はっはっは。石は青色にしといたよ」
「綺麗……」
(透き通ってる……のかな……?)
ルゼはクラウスにその場でイヤリングをつけられ、また何か複雑な魔法をかけられている。
「……ありがとうございます……」
耳にイヤリングをつけられながらしょんぼりと俯くルゼの頭をドーラがわしゃわしゃと撫で回している。ルゼの頭は撫でやすいのかもしれない。
帰り際、ありがとうございました、と解せない顔で礼を述べるとクラウスに続いて店を出ようとしたのだが、ドーラに呼び止められた。
「なんでしょうか?」
「お返しも何もしなくて良いと思うんだが、あなたは真面目そうだから悩むんじゃないかと思って。殿下にキスの一つでもしてやったら喜ぶんじゃないかな、という私からのアドバイスをあげよう」
「……何を仰っているんですか? そんな、自分からキ……、何を仰ってるんですか?」
「あっはっはっは」
(え!?)
ルゼがドーラの助言に顔を赤らめて反論すると、ドーラは豪快に笑ってルゼのおとがいを掴んで上を向かせ、頬に軽くキスした。
「!」
「また来て」
「……ひぁ……」
(かっこいい……っ)
ここまで自然にスキンシップができる人がいるのか。女性にしては少し低い声も格好良さに拍車をかけている。
ルゼが頬を抑えて更に赤面すると、離れたところでルゼを待っていたクラウスがドーラを睨み付け、ドーラがクラウスにからかうような笑みを向けた。
「あの方、小さい頃はもっとかわいかったんだよ。あんまり怖がらないであげてね」
(かわいい……?)
皇太子殿下を形容するのに聞いたことのない言葉だ。怖いとか冷たいとかかっこいいとか怖いとかしか聞かない。
ドーラはそう言うと店へ戻り、ルゼはクラウスの所へ駆け寄ると頬を袖で拭われたのだった。
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