第30話 面接試験かな
着いた先は小さな宝石店だった。
クラウスが店に入ると、店主の女性とは顔見知りなのだろうか、珍しい客が来た、と案外驚かれることもなくすんなりと奥の部屋へと導かれた。
(エーベルト様、宝石商とも繋がりがあるのね。私ほんとにここにいていいのかしら……)
ルゼは城下を暫く二人で散策した後、拒まれないことを理由にクラウスの背について歩いていたのだが、明らかに場違いのような感じがする。
(誰かに贈るための宝石を選びに来たのなら、明らかに邪魔だよな……)
何故同行が許されているのか分からない。しかし今更帰るわけにもいかず、こうなったら空気に溶け込むしかない、と決意する。
クラウスの隣にできるだけ小さくなって腰を下ろすと、小さな机を挟んで、二人に対面する形でこの店の主であろう女性も腰掛けた。
女性はルゼを見定めるかのように一瞥すると、接客用の明るい声で言った。
「こんにちは、かわいいお嬢さん。私はここのオーナーのドーラ・ガイトナーだ。これは秘密なんだが、そこにいるお方の叔母にあたる人間だよ。まあでも身分としてはただの庶民だから、気安く接してくれ」
(叔母……。当たり前だけど、皇太子様にもご両親はいらっしゃるのよね……)
なぜかクラウスは突発的に現れた謎の生命体のように感じられるのだが、叔母がいるということは親もいる。
ドーラはその声から三十代程の若い女性のようだ。葉巻の香りを漂わせているが、モーリスの煙たい葉巻とは違い、僅かに花のような香りがする。
「初めまして、ルゼ・ベルツと申します。ガイトナーさん、お目にかかれて光栄です」
ルゼは丁寧に自己紹介すると深々と頭を下げたのだが、適切な挨拶が分からない。気安く、と言うので敬称はさんにしたのだが、間違っていないか不安だ。
ドーラはその様子を、ルゼの人柄を判断するかのようにじっと見つめている。
「ドーラでいいよ。そのイヤリング、誰に貰った?」
「……皇太子殿下からいただきました」
やっぱり何か貴重な石なのかもしれない。早く返したい。
「その指輪は?」
「……! えと、……」
(エ、エーベルト様の家系は、目聡い方が多いのかしら……)
手袋をしているのに指輪まで話に出てきた。
なんだかもうバレすぎていて驚きも薄くなってきている。何と答えようか迷っていると、ドーラはルゼを安心させるかのように微笑をたたえて言った。
「ああ、私は客の秘密を他人に話すほど愚かな人間じゃないさ。すまないね、職業柄人が身につけている石が気になっちまうんだ。ただの興味だよ、言わなくて構わない」
客はルゼではない。
「いえ、すみません。疑ったわけではなくて、焦ってしまったんです。私が指輪をはめていること、そんなに分かりやすいでしょうか?」
「どうかな。私は石の気が見えるんだよ。オーラと言い換えてもいいが。君の右手から禍々しい気が出てるのさ」
「石の気……! ち、ちなみに色とか教えていただけます……?」
終始真顔で威圧感のあるドーラであったが、ルゼがきらきらした瞳で申し訳なさそうに質問したためか、目を丸くしてきょとんとした顔をした。横でクラウスも冷たい目でルゼを見ている。
(あれ……)
目の見えないルゼであっても、自分の発言で二人が固まったことに気がついた。
「……ルゼ、あまり真に受けるな」
「え? でも気になります」
しょぼ……としょげているルゼを見て、ドーラが笑い声を上げた。
「ははは! これは見た目以上にかわいいお客さんだ。このお方は、私……というか他人の言うことを基本的に信用なさらないだけで、私の言うことは本当だよ。私はね、人には見えないものが沢山見えるんだ」
「人には見えない……」
「幽霊とかね」
「ゆうれい!」
(い、いるんだ!!)
ルゼをからかって楽しむドーラを、クラウスが睨み付けた。しかしドーラはクラウスの鋭い視線に肩をすくめるだけである。
「はは、あなたこんなにかわいい婚約者がいらっしゃったんですか? ありがとうございます、連れてきてくださって」
「……見せるために連れてきたわけではない」
「こ、婚約者ではないです!」
本当に違う。
慌てて否定するルゼに、ドーラが興味深げな視線を送ってきた。
「へーえ。面白いこともあるもんだね。顔だけでモテてるような方を袖にするお嬢さんがいるなんて」
「……いえ私は……、……私も変わらないです」
ルゼはシャーロットから、クラウスの顔に素っ気ない反応なのはすごい、というよく分からない観点からの褒めの言葉をいただいたことがあったのだが、自分は目が見えないだけであるのに、といつも後ろ暗く感じていた。しかもそこまで言うほど整った顔立ちをしているのなら、ルゼは絶対にその顔の威力に負けるだろう。
容姿に言及しないのは目が見えていないだけであって、クラウスの内面を良く評価している訳ではない。
ふむ、とドーラは俯くルゼを一瞥するとソファの背にもたれかかり、どこから取り出したのか細い煙草を吸いこんで細く煙をはいた。
独特な間を持つ女性だ。
「まあでも殿下は愛想がないよね。口数が少ないし」
「……慎重に言葉を選んでいるだけのような気がします。無駄な発言も一切なさらず、合理的な方だな、と尊敬しております」
「何をお考えになっているのか分からないしね」
「それは私にも分かりませんが……。ですが、私のように何でも口に出してしまう人間からすると、秘することは美点のように感じますよ」
「威圧感があって怖いなあ」
「雰囲気は柔らかいです」
「……ちなみに殿下って猫好きなんだよ」
「えっ、そうなんですか? 猫……猫か……」
ルゼは別邸に居着いていた猫を思い出した。ふくよかな体つき、毛並みもつやつや整っていた。
(……もしかしたらあの猫、殿下が誰も見ていないところでかわいがっているのかしら……)
と考えるとにやけが止まらない。こんなに愛想もなく自己評価も低い男が猫を撫でている、可能性がある。妄想に満足すると、ルゼは、ごほっ、と咳き込むふりをしてにやけていたことを悟られないようにした。
「……、失礼いたしました」
「ああ……ふっ……、いや、こちらこそ失礼……」
ドーラはいつの間にか煙草を吸うのをやめ、ゲホゴホとむせながら煙草を持っている手で顔を隠し、肩を震わせてそっぽを向いていた。
クラウスはいつも通りどうでもよさげな表情でルゼのイヤリングを耳から外している。
ドーラは大きく息を吸うと、ルゼに向き直った。
「見極めるような目で見てしまってすまないね。殿下があなたを試したかったというわけではなくて、これは私の性分なんだ。あなた、随分子供っぽいお嬢さんだと思ったが、外見に似合わず意見がしっかりしてる。何でも口にするのも美点だと私は思うよ。もっと自信を持ちなさい」
「……はい。善処します」
(……優しい……)
ルゼは、よく分からない問答の末に何かに合格したようだった。
ドーラはルゼの返事ににっこりと笑うとクラウスが机の上に置いたイヤリングを手に取り、ルーペで観察すると僅かに顔をしかめた。
「……負荷をかけすぎですよ。もう少し大事に扱ってほしいのですが、言うだけ無駄ですかね。これと同じ石を用意すればよろしいんですか?」
「ああ」
「それにしても、これをあげるなんて随分その子に入れ込んでるんですねえ」
(これ……?)
ドーラはそう言うと店の方に戻り、何か箱を両手に抱えて持ってきた。
「ルゼさん、この石が何か分かる?」
ドーラはそう言うと蓋を開けてルゼに示してきた。そこには緑や赤に輝く鉱石が、綺麗に陳列されている。
(色しか見えないんだよな……しかもぼんやり……)
見せられても何も見えないのである。見えたところで分かったとも思えないのだが、これでドーラに失望されるのかと思うと少し悔しかった。
しかしドーラは特に試す意図もなかったのだろうか、わかりやすいヒントをくれた。
「ヒントはね、最も魔力を蓄積できると言われている……」
「まさか、タバナの……」
「おお、勤勉だね。正解だよ。君のつけている指輪の元になる石だ」
「……!!」
タバナの洞窟で採れる石は魔力をたくさん込められるという性質から、大型機械の動力源に使用されたり、生来魔力量の少ない人がアクセサリーに加工して身につけたりするのである。しかしその希少性による値段から、皆安価な魔法具に頼るのだ。
ドーラはその鉱石を、イヤリングと同じ石、として持ってきたのである。
ルゼはそんな希少で高価なものを、見ず知らずの人間に渡すはずがないと思っていたため選択肢から除外していたのだが、クラウスからもらったイヤリングはかなり値の張るものであったことが今判明した。
ルゼはクラウスを見ると、勢いよく言った。
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