第27話 押収品

「私が席を外すわよ。二人でいつもこそこそ話をしているでしょう。今日も何か用事があっていらっしゃったのではないかしら。ね」


 席を立ったシャーロットの袖を、今度はルゼが小さく引っ張った。


「あの」

「別になんでも話さなくていいわよ。知ってしまったら責任が生じるじゃないの。一人で抱えきれないなら私に話していいけど、そうでないならただの重荷よ」

「……」

「無駄話を長引かせてごめんなさいと言っておいて」

(……そこにいるのに……?)


 なぜ先程からクラウスに対する言葉をルゼに託すのだろうか。恋人ならまだ喧嘩中だとかなんとか理由をつけて納得できるが、兄妹でこの隔絶の仕方、ただ事ではないような気がする。気にすることすら余計な世話だろう。


 言葉通りシャーロットはスタスタと自室へ戻ってしまった。責任を負わせたいとは全く思わないのだが、少しは自分に興味を持って欲しいとも思ってしまう。


 ルゼは、こほんと一つ咳払いをすると、クラウスの対面まで移動して小さく頭を下げた。


「シャーロット様の仰るように、私に何かご用があったのでしょうか。お時間をとらせてしまったうえに妙な話まで聞かせてしまって申し訳ございません」

「ああ……いや。レンメルの家について確認したいことがある。いくつか質問しても構わないか」

「何か分かったのですか」

「ただの確認だ」


 一気に表情を硬くしたルゼだったが、特に重要な話がされるだけでもなさそうだ。


(……なんの確認? 本当に私があの家の娘なのかとかかな。今示せないんだけど……)


 ルゼの存在性は希薄だ。どこに依って自分の正体を証明すれば良いのだろうか。


「お前は禁忌の書の内容を口頭で聞いたのか」

「……まさか罰則が」

「ただの質問だ」

(……本当かな……)

「……そうです。幼少の頃に耳で聞いただけなのでもうあまり覚えていません」

「レンメルの家に無断で入ったと言ってたが」

「! ……いえ、あの剣は持って逃げたんです」

(まさか罰則が……!!)


 今までの行為にグレーゾーンが多すぎるせいで、ルゼはクラウスの言葉の端々にビクビクと怯え、顔を青ざめさせた。クラウスはいちいち怯えるルゼに小さく笑っている。


「……ふ。尋問をしているわけではないから落ち着け。ただの質問だと言っている」

「……尋問されているようにしか思えないのですが……」


 勝手に後ろ暗く思ってるだけかもしれない。


「尋問をするならこれほど手間をかけない。口を割らない相手ならまず……」

「うわっ、あっ、血なまぐさい話は結構ですから!」


 見るのはいいが、言葉にされたものを聞きたくはない。

 顔の前でぶんぶんと左右に手を振ると、クラウスの楽しそうに眇められた目から、正直に話せ、という視線が感じられた。


「う……。今の話は全部嘘です·····」


 ルゼは小声でそう言うと、後ろめたさから視線を逸らして小さな声で話した。


「……禁忌の書は紙にまとめられたものを見ました。かなり量があったのですが、おそらくほぼ全て覚えていると思います。レンメルの家には5年前に戻って、壊されていなかったので勝手に入って色々物色したあとに剣だけ持って帰りました。申し訳ございません」

「そうか」

「……何の確認でしょうか」


 クラウスは訝しげな表情を浮かべるルゼを一瞥すると、逡巡してから口を開いた。


「あの事件の押収品の中に禁忌の書に関するものはないんだが、お前の言い分だとあの家には禁忌の書を転写したものがあるらしい。お前が持っていっていないなら誰かが盗んだのだろう」

「……え……」


 ルゼがレンメル家に戻ったときには既に証拠品が差し押さえられた後であり、外に置いてあった兄の練習用の剣くらいしかなかったのである。

 押収されたのかと思っていたけれど、もしかしたらそれが目的で侵入した人物と鉢合わせして殺されたのかもしれない。


(禁忌の書が目的だったのなら、お父様は殺されても文句は言え……言えない……。お父様、なぜ真っ当に生きてくださらないのですか。私が言えた義理ではないのですが……)


 もしかして然るべき殺人だったのだろうか。


「禁忌の魔法で誰かに被害が出たら、私も処罰してください」

「法はお前の罪悪感を拭うためにあるわけではない」

「……」


 ルゼの提案は瞬時に断られてしまった。いやしかし、亡き父を罰するわけにはいかないではないか。アデリナから派生して誰かの手に禁書が伝わっており、その根源に近い二次的な悪はルゼの父にある。


 クラウスは蒼白な顔をしているルゼを一瞥すると口を開いた。


「あの本がなぜ禁忌と言われているか分かるか」

「……人の生死に関わる魔法が書かれているからです」

(これ言って大丈夫かな……)


 読んだ者にしかできない回答なのだ。


「もう一つは、その魔法を使った反動がある場合があることだ。発動に要する魔力の量が多すぎるか、魔法の影響で自分の身にも異変が起きるか……。10年間何も起こらないのは、自分の身を案じてのことなのだろう」


 しかしだからと言って、今後も禁書を利用した悪行が行われないという保証にはならない。

 ルゼはぼんやりと虚空を見つめると、クラウスに視線だけを移した。


「……詳しいですね。エーベルト様もご覧になったことがあるのですか」

「どうかな……」

「……」

(あるんだろうな……)


 ルゼの周りには、ルゼを筆頭して真っ当に生きている人がいないようだ。

 ルゼは、はあ、とため息をつくと緊張を解いてソファの背にもたれた。


「あまり道理に悖る行為はなさらないほうがよろしいと思いますよ。殺されても仕方がなかったと誰かに思わせてしまっては、殿下が殺されたときに浮かばれません。要らない知識もあると思いますし」

「復讐も人倫に悖る行為なのではないのか」


 クラウスの身を案じてそう言っているのに、すぐルゼの話にすり替わる。

 ルゼは薄く笑っているクラウスを睨みつけると、鋭く言い放った。


「私は誰の言葉も求めておりません。説教をなさるおつもりでしたら帰らせていただきます」


 ルゼは相手が皇太子であることも忘れて、不遜にもそう言い放つと立ち上がったのだが、クラウスからは依然として淡々とした声が返ってきた。


「俺はお前が生きていて良かったと思う」

「そうですね。復讐する機会ができたという点で言えば」

「……」


 これ以外のなんの答えが返ってくると思っているのだろうか。


「今の私には殿下を不快にさせることしか言えません。帰ってもよろしいでしょうか」


 顔をしかめて不快感を露わにすると、ルゼを無表情で眺めていたクラウスが低い声で名を呼んだ。


「ルゼ」

(……大きな声では言えない話? 怒ってる……)

「……はい」

「近くに」

「……」

(……誰もいないのに……)


 内緒の話があるらしい。どうせ怒られるだけだろうけれど。

 

 ルゼは低い机を挟んで向かいに座るクラウスの傍まで歩くと、身を屈めて小さな声を拾う姿勢を取ったのだが、何を言ったのか聞こえない。


(……? 呼んでおいて無言……?)


 耳の後ろで髪を押さえて、ぐいっとクラウスの口元に耳を近づけた。


 なぜか耳に唇を当てられたような気がする。


「……ちょっと……」

「ははは」

「何がしたいんですか……」

 

 ごしごしと袖で耳を拭うのだが、クラウスはソファの背に肘をついて頬杖をつき、面白そうに笑っている。


「……くすぐったいんですよ」

「どこならくすぐったくないんだ」

「え……」

(確かに……。手の甲とかなら大丈夫かも……)

「……ふ……」

「……はっ」


 クラウスからの質問に真剣に考え込んでしまったルゼだったが、目の前の男の小さな笑い声にはっと意識を戻した。


「……どこだって駄目ですから!」


 そう言い捨てると、逃げるようにして屋敷をあとにするのだった。

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